2015年09月08日

家があるから人がいると思った不思議 (故郷がなくなって故郷を意識するようになった)


家があるから人がいると思った不思議

(故郷がなくなって故郷を意識するようになった)


飯館村でもそうだけど錯覚していたのは家があるから人がいると思っていた。
田舎の農家は大きいし庭も広い、家が都会などより存在感がある。
だから一軒一軒の家が存在感があるのが都会と違っている。
そして家の不思議は家があって人間がある。
人間があって家があるのではないというのも不思議である。
家があってもそこに人は住んでいないのだけど家があるから人がいると錯覚していたのである。

つまり家という建物の存在感が田舎では大きいからそうなった。
そして物ーものーというとき

憑依(ひょうい)とは、霊などが乗り移ること[1][2]。憑(つ)くこと[3]。憑霊[4]、神降ろし・神懸り・神宿り・憑き物ともいう。とりつく霊の種類によっては、悪魔憑き、狐憑きなどと呼ぶ場合もある[2]。

憑き物というとき物につくというとき物は物でも何か霊がついた物なのである。
ものというとき日本語では物心がつくとか物と心は一体化して表現していた。
最初の神道は物部(もののべ)氏がはじめたことでもわかる。
ものとは単なる物質ではない、物には霊魂が宿る物なのである。
西洋ではどちらかというと物はあくまでも物質であり心はないとみている。

物体〉 a thing; an object
〈物質〉 matter; (a) substance

ただmatterの語源はmotherだとすると物は母なるものだというとき単に物質という物でもないことはあった。
日本ではもののけ(物の怪)という表現があり物は単なるものではない
だから家というのは物であるが物ではない、人間の心が憑依したものだともなる。
家というのは田舎だと50年とかは普通であり百年とかもつづいている家がある。
そういう旧家には何か特別人間の心が物についている。

飯館村でもそうだが避難区域では家が残っている。その家は廃屋とも違う。
要するに一時的に人がいなくなったたけであり捨てられた家とも違うのである。
だから人がいない家でも人がいると自分は錯覚していたのである。
飯館村にも人が住んでいなくても住んでいると錯覚していた。
これも奇妙な感覚である。
とにかくこの辺は津波とかいろいろなことで不思議なことが多いのである。
津波の跡は家もなにもなくなったから返ってここに人が住んでいたとも感じられなくなった。
土台しか残っていないからここに村があったのかとなる。
つまり避難区域でも家が取り壊されたときそこに人の気配も何も感じなくなる
家があることでそこに人が住んでいなくても人が住んでいるように錯覚したが
家が取り壊されるとそれが感じられるなくなるのだ。
物というとき墓もものだけどそれは単なる石ではない、人間の心がとりついた物だから簡単に物として捨てるのに抵抗がある。
でも墓の跡継ぎになり元禄時代の墓までまとめて捨てられていた。
墓も何か物として処理できないのはそこに霊魂がとどまてっいると感じるかるである。
人間は死んでも何かに物にとりついているとなる。

この辺で起きたことは本当に不思議なことの連続だったのである。
2万の町から人がいなくなるとか6000人の村でもいなくなるとかそんなことがありうるのかということだった
だからこれは何なのだろうと今も理解できないことが多いのである。
もちろんそこに住んでいて避難している人もどうしたらいいのかとか戸惑う
やはり長年住んだ家とか土地から人は簡単に離れられない
そして故郷とは何なのだろうとかという今までは考えられないことを考えざるをえなくなったのである。
本当は故郷は何かなど誰も今まで考えていないのである。
故郷とは普通にあるからそれが何かなど考えないのである。
自分は故郷は死に場所であるというふうに考えたのも故郷の一つの見方である。
故郷は何かなどとは実際に誰も本当はわかっていなかったのである。

人間はそもそも故郷でも何でもあるときは意識しないのである。
故郷がなくなってはじめて故郷を意識したのである。
ある人でも家族でも死んだりするとその人をかえって意識するが生きているときはあまり意識しないのとにている。
ある物でもそこにあるときは意外と意識しない、それがなくなったとき意識するということが人間にはある。
だから故郷なくなって故郷を意識するようになった。
啄木は感受性の高い詩人だったから余計にあの若さで故郷から離れて異常に故郷を死の前に意識したのである。
普通の人でも今回はみんな故郷は何かと意識するようになったのである。
故郷はかけがいのないものとして意識したかもしれない
それはいくら補償金をもらっても代えられないものがあったとなる。
この辺で起きたことは本当にいろいろ考えさせられる場所になったのである。

山の村の幽霊屋敷(童話)
http://musubu2.sblo.jp/article/112510980.html

ここには確かに家が残っているから人が住んでいなくても人が住んでいる
幽霊となって住んでいる感覚になる不思議があった。


タグ:故郷ととは
posted by 老鶯 at 09:32| Comment(6) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
この記事へのコメント
「故郷とは何か」を小林さんとは違う問い方で考えたことがあります。
「生まれ育ったところの何が自分を育ててくれたのか」という永遠に続く問い方として考えたのです。
Posted by あん at 2016年03月13日 19:36

あん様

普通故郷は何かなど考えないですよ

自分も考えたことがないです

故郷は普通にあるから考えないのです

この辺は普通にあるものが当たり前のものが

なくなって考えるようになったのです

だからこの辺はその当たり前ののことが

いかに貴重なものだったか知ったということで

何か他とは将来的にも違った場所になる

人間は結局大事なものが失わないとわからないです

自分も両親を失ってそのことを知りました

今一番苦労しているのが料理なんですよ

母親の料理が食べられなくなったことが辛い

それも当たり前だったから意識しなかった

でも今になるとそのことに感謝していますね
Posted by 小林 at 2016年03月14日 15:34
故郷は、私たちの孤独と同じ重さ、同じほどの濃い闇なのかもしれません。
その意味では、故郷(の創造)とは、孤独の探求といえます。
Posted by あん at 2016年03月14日 22:22

ちょっと孤独の探求ということがわかりません

何か故郷を個々人の孤独の中で探求することでしょうか?

故郷とはまず自然がないと故郷はない

この辺は海とか森がある

飯館村などは森におおわれている

そういう自然がある場所で孤独になれるという

ことで詩作したり瞑想したりとかする

自然がない都会には故郷はない

まず東京には自然がないから故郷になり得ない

生まれた場所が故郷ともならない

自然がある場所がどこでも故郷になりえる

東京など群衆で孤独はないです

群衆の中の孤独です

自然の中の孤独とは違いますから



Posted by 小林 at 2016年03月15日 23:44
身体が外界をどう受けとめたかという感覚は、大人になっても残ります。
「裾野は長し」といいます、きれいな稜線を描く磐梯山が見える土地に育つのと、ビルの谷間で育つのとは違います。
そうした豊かな細部は故郷のいたるところにあります。
前のめりに生きている若いときは、その細部に目がいかないで過ぎる。
Posted by あん at 2016年03月16日 10:51

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...そうした豊かな細部は故郷のいたるところにあります。......

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そうですね、故郷に長くいれば細部に通じてくる
自分はふるさとの道という道を自転車で行っています
それでもこんなところがあったのかと発見がある
四季でも変わりますから

自然は実際は奥深いです
この辺は意外と近いのだが
山の中に分け入ると秘境のような所がある
そこはまだ地元の人も発見していないです

そうして自然でも発見する場所がまだあるということは狭い故郷でも細部を見ればそれだけ広く奥深いものがある

この辺では飯館村などが森におおわれていたように森の範囲が広い
ただ高い山は磐梯山のような山がないから
もう一つものたりない

ただ海もあるからそれなり自然の範囲は広いです

Posted by 小林 at 2016年03月16日 21:34
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