2007年01月13日

ノスタルジックな仙台の長町

橋姫の祠を知るや冬の暮

長町を新幹線の過ぎ行くに昔偲びて冬の暮かな


橋姫明神の裏側には長町橋(旧名で永町橋)の礎石がおかれております。この二つが昔の長町橋の面影を残すものになりました。橋姫の他にも広瀬川には人柱の話が残されております。現在では穏やかな川の姿が印象的ですが、昔は色々と氾濫があったりしたのでしょうね。

長町は名取郡に属していて代官所が置かれ宿場町だった。広瀬橋ではなく長町橋だったことは長町の延長としてこの橋があり仙台橋は仙台の青葉城への橋として名づけられた。橋姫伝説があり今も祠があるのだがこれは何回か通ってもわかっていても良くみていなかった。こうした細かいものは見逃してしまうのが現代なのである。現代は車で電車で早く早く通りすぎるから歴史の跡を見逃してしまうし忙しくて関心がないのだ。今なぜこの長町に関心をもったかというとここを仙台に行くたびに歩くようになったからである。いかに歩くことがその場に親しむことになるからわかる。

仙台というと相馬辺りでは通勤圏内でありかなり働く場所にもなり買い物の街にもなっている。仙台は福島県でも岩手県でも生活圏内になっている人が多いのだ。だから旅で一回限り通りすぎるのとは違うからそこの歴史について知りたくなるのである。過去を知るということは自ずとそこで生活していれば徐々に知りたくなるものである。ただ旅できた人はこうした歴史的小さなものは見落としがちなのである。現代の騒々しい仕事に忙しく追われて生活している人は過去のものを意識することなく忘れている。過去のものにも意味がある。何かを現代に伝いようとしているのだがそれが伝わらない、橋姫明神の祠に注目する人はまれだとなる。それだけではない様々な過去のものが埋もれてしまっている。過去は誰かが注意して喚起しないと忘れられるものなのである。しかし過去と現在を結びつけることによりはじめてその街のことを知ったことになるのだ。

とにかく長町の過去は実にノスタルジックなの場所である。仙台の市電の終点であり秋保電鉄があった。石を運ぶために作られた。秋保というと温泉で有名だしここから鉄道にのって行けたらまた何か情緒的に違った旅ができたのである。長町は歴史とかいろいろな面からノスタルジックな街だったのだ。

これは歴史的の読み物があるから興味深い、それも連続して書いているから長町の歴史を知るにはいい。

長 町  ゆ と り 〜 と
http://www.mazarain.com/yuto.html
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