2007年03月04日

なぜ南相馬市になって違和感がつづくのか?(広域地名化は文化の破壊)


市町村合併名前の問題

http://musubu.jp/somagappeijiji.htm#iwakansoma

なんかここに一年ぶりくらいに書いた。これは毎日10人くらい二年間くらい読まれている。これはもしかしたらベストセラ−になっているかもしれん、これだけ長く一定数読まれているのはないからだ。

南相馬市になってもどうしてもなぜ以前として違和感があるのか?それはやはり原町市が明治以降近代化で一早く発展を遂げた栄えた活気ある場所だったためでありその歴史が原町市という名に記していたのである。つまり相馬市だと相馬藩の継続で江戸時代をイメ−ジするが原町市の特徴は無線塔に象徴されるように近代化した街としての原町市のイメ−ジがあったからだった。森林鉄道があったのもそのためだった。この近代化の歴史もまた歴史であり群馬の煉瓦作りの富岡製糸工場を世界遺産にするというのもそのためだった。日本の近代化もすでに歴史となっているのだ。外からみると南相馬市はわかりやすいのだが地元から見ると原町市には相馬市とは違った歴史を歩んだものがありそこに原町市という名があった。広域化した地名はこうした地域の中のさらに地域の文化を破壊することがあった。市町村合併で名前の変化だけでもかなり文化は破壊されてしったことがとりかえしつかないとなる結構大きな文化の問題だったことに気づいたのである。
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