2007年06月27日

木立の影(城の跡)

ishigakikage.jpg
 

立葵なお日のさして六号線

苔の花我が帰りきて慰めぬ 


石垣のわずかに残り城の跡木立の影の深き午後かな

硝子張り喫茶店に語る若者や夏山映えて市に住むかな

立葵に日の輝きの長かれやその明るさの映えつつ暮れむ
 
相馬藩の城の跡というけど城があそこにあったという感じがしない、でもわずかに黒木橋のところが急な坂になり石垣が残っているから城があった証拠なのだろう。二本松城のような要害の城でないからなんかいまいち城が具体的に思い浮かばないから城下町という感じも薄いのである。やっぱり城が小さくてもあるところは城下町なのである。
 
立葵の明るさは特別である。つくづくこの花のように明るく映えつつありたいと切に思う。介護とか実際はあまりいいものではないし暗すぎるのである。今日もNHKのクロ−ズアップで胃とか鼻とかから流動食を注入しているとかそこまでして生かしていれば施設でも負担も大きくなり耐えられなくなっているというのもわかる。あの状態を見ればそんなにしてまでこれから大量の介護が社会的、家族的に負担は限界にくる。その時どうなるのか、結局昔のように自分でトイレに行けなくなった、食えなくなったという時点で放置されるかもしれない、介護はそういう深刻な問題になっているのだ。
 
立葵のようにともに明るく映えつつあるならいいが介護はあまりにも暗すぎる。負担が大きすぎる。軽くてもこうだから重い人の介護は自分もみたくないとなる。介護が多くなれば自ずと社会的にも家族的にも限界がきてしまうのではないか?団塊の世代が介護されるとき、それは本当に深刻であり実際介護を放置される人は無数に出てくるのではないか?今は支える人がまだいるからいいがこれからは少子化でいないからだ。そういう恐怖があるのも高齢化社会なことは間違いないのだ。
 
老人は苔の花であり介護するのも苔の花である。苔の花でも誰か見とり慰める人が必要ではある。ただ若い人に介護などの負担をさせるのは問題である。その負担のために人生や人格まで歪められた若者がいたことでもわかる。介護が生まれたのは豊かさの故だがその豊かさにも限度がある。看護師があまりに介護の見守りが過酷でやめてつづかないというのもその深刻さを示している。家族もできない、施設でもできないとなるとどうなるのか?・・・・・・・???・・・それが現実化してくるのが高齢化社会の暗い面である。
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