2007年10月12日

飯館村が残った理由(地形的境界と歴史的境界


飯館村が残った理由(地形的境界と歴史的境界)-地名談義
http://musubu.jp/somagappeijiji.htm#iidachikei

 
飯館村が南相馬市と合併に加わらなかったのか?財政的問題とかあるみたいだけどやはり地理的一体感がもてないのも理由だったのか?小高−原町−鹿島はそもそも常磐線沿線としてもすでに経済的にも地理的にも一体化していた。飯館村は地理的に山でさえぎられている山国として別なのである。交通の難所として山に隔てられている。むしろ川俣の方と地理的一体感をもちやすいのだ。歴史的にも小手森があり小手姫伝説が伝わっている地域である。相馬には伝わっていないからだ。今回の合併問題はやはりいろいろな問題があった。地理的に一体感がもてないものを無理やり広域市化したのも問題だったしまた文化の破壊もあった。飯館村が残ったのは山国の小国が独立国として残ったという感じでもある。南相馬市とは別な山国としての独自なものとして残ったから良かったのか、経済的には苦しくなるから悪かったのか、合併問題は文化的な側面もあったから地名変更は単なる名称の変更に留まらなかった。最悪なのは美里とか全国で何カ所か変更したことである。これはあまりにもありやれた美称であり何の根拠も個性もないものであり地域性も文化も抹消してしまったのである。
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