2007年12月06日

冬の日(飯館へ)

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碑の一つ古峰とあり冬日かな

山陰に日ざしを惜しみ枯芒

碑の一つ何を語るや木の葉散る

飯館や枯木に風や珈琲店

冬の鳥一羽鳴くかも朝静か峠越え行く我が一人かな

飯館の山陰静か昨日(きぞ)降りし雪の残るや我が上り来ぬ

飯館の山陰に昨日降る雪の残りて清き流れのひびきぬ

飯館へ峠を越えて北風の吹きて遠しや我が帰るかな

冬日さし我が気づかじや騒がずに大石ここに鎮まりありぬ


大岩に流れのひびき冬の朝鳥打ち群れて沢を上りぬ


飯館は相当標高が高いから坂が延々とつづく、八木沢峠を見ればわかる。大倉の方から上ってもこの坂がきついので飯館に自転車で行くとるなといつも2時ころになっている。今は日が短いから余計遠く感じる。飯館はやはり寒い、雪がふってその雪が山陰に残っていた。


東北地方を旅行すると道路に「古峰神社」の石碑・石塔を見かけます。古峰神社は比叡山開山(785年)より早く、日本の山岳仏教の先駆けとなった勝道上人(しょうどうしょうにん)が修行した神社です。勝道上人は日光「輪王寺」の前進「四本龍寺」を大谷川(だいやがわ)側の対岸に766年開山しました。紅葉まっ最中。地元では古峰神社は古峰ヶ原高原にあるため「古峰ヶ原神社」(こぶがはらじんじゃ)といいます

古峰の碑はは東北に多い、栃窪にあったが一つくらいしか確認できないからそんなに多いわけではない、栃木県が発祥の地というのもめずらしい。栃木県は毛野氏関係で古代は浮田国造として鹿島区を治めていたから古くから関係があった。でもそれは余りに古いので実感がないのだ。山岳宗教というのがかなり全国的に普及して各地に残っている。でもそうした信仰もほとんど廃れているから今になるとわかりにくいのである。山伏などが回って歩いて広めたから残っているのかもしれない。
飯館にはなにもない、寄るところもない、ただアグリという喫茶店が休むのにいいのでまた寄った。「いつもブラジルなんだよな」「コロンビアを試してみたのでどうぞ」とかコ−ヒ−の味にこだわる人は今多いのだ。私はコ−ヒ−の味にこだわるほど通ではないがコ−ヒ−は好きである。香りも好きである。あそこではしきりアメリカ旅行のこと行っていたからあそこにつとめている人はアメリカに行ったらしい。まあ、今や別に田舎でも外国に行っているし珍しくないのだ。あそこに入る客の半分以上は遠くから来た人である。郡山から来た人が二組いたからだ。しきりにパンがうまいとほめていた。自家製のパンは確かにうまいのだ。飯館でコ−ヒ−の味を話題にするというのも何かそぐわない感じもするが環境的にはかえって山の村の静けさのなかでコ−ヒ−を味わうのもうまいとなるのだ。


真野ダムへの川ではじめて見つけた大石があった。一つは大きな岩で目立っていたので注意がそればかりに集中したが別な大きな石が枯木のなかに隠れるようにあったのだ。これは今までここを通ってもきづかなかった。今なお気づかないものがあるものだと不思議だった。これについては詩としてあとでだしておこう。

 
鳥が群れていた、見慣れない鳥である。10羽くらい群れてさらに上流に上っていった。何の鳥なのか、鳥もいろいろいるからまだわからないのいる。上流の川に群れていたのが不思議だった。
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