2016年07月14日

老人の存在感 (九五才の戦争を経験した人がいつもいる)


老人の存在感


(九五才の戦争を経験した人がいつもいる)


いつもの木蔭の道を行くと車椅子に座っている老人がいる。
その人は大内の人で九五才である。
耳が聞こえにくいがまだ頭はしっかりしている
ただ立つことができないのである。
「立つことは大変なんだよ、体の重量が全部かかるから
私は毎日筋肉が弱らないようにここを車椅子で運動しているんだ」
確かに立つということはなんでもないようで体が弱ってくればできなくなる
筋肉が弱ることは歩けなくなったり立てなくなったりする
すると骨折したりして寝たきりになったりするはもう筋肉が弱り動けなくなる
そうなると世話する人も大変になる

自分の母親は一〇〇才で死んだけど最後まで立つことができたた。
ポータブルトイレで用をたすことができた。
それでオムツもしないから楽だった、オムツは本人も相当に嫌なものであり答えるのである。
だから小便を管でとるようになったとき病院で泣いていやがっていたのである。
オムツになったりすると人間の尊厳が著しくそこなわれるのである。
だから筋肉が弱るとまず歩けないということはトイレに行くにも補助するとなるとその世話する人はつききりになり大変になる。
オムツになると本人も世話する人も大変になる、筋肉が弱るということは致命傷になる
人間は立つということは方の動物を見ればわかるが体重が腰や脚にかかるるので楽ではない、動物は四つんばいだから体重がかからない、人間が立つということは特別なことだった。他の動物は立っていないからである。
立つということは上を見上げることであり星でも見上げることになる
動物は見ていると絶えず地面を探り顔を下に向いている。動物の関心は餌を見つけることなのである。人間は立つことによって精神的存在になった。
だから立てなくなることはまた歩けなくなることは人間の尊厳が著しくそこなわれるのである。

その老人は日立製作所で飛行機の整備をしていた。ゼロ線などの整備をしていた。
それで自分は技術者だったと自慢している。
そして今の人は戦争がないから楽だと常に言っている
それは戦争を経験した人はそう言う
つまり戦争という経験は経験した人しかわからないのである。
だからその言葉には重みがある。
それをいろいろ今は伝えるものがあるけどその人が今も九五才で生きていて言うことに重みがある。
なぜならすでにもう戦争を経験した人は九〇才以上でありまもなく戦争を経験した人はいなくなる
まだ戦争を経験した人がいるということは直接語るということは重みがある。

その老人は大内の人で津波で家が流された、それで着るものがないというとき礼服がないということらしい、みんな流されたからそうなる
仮設に入っている人でも津波の被害にあった人もいるし小高のように補償金をもらった人も多い、そういう人たちの間でも不満があり対立する
ともかく良く今でも墓に大きく軍隊の位を上等兵とかなんとか記されている
その当時はその位が大きな意味をもっていた。その位が社会にとって大きな意味をもっていて自慢できるものだった。今になるとそうした軍隊の位など注目しないのである。
なぜ墓にそうした軍隊の位が記したのかというとそれが国民として重要なものとして認められていたからである。それで敬意を払いとなり軍隊の位を墓に大きく記したのである。
人間は老人になると自分のしてきたことを語る、でも語るにしても自分がこうこう生きてきたと正直に語れる人はやはり自分の人生を自分なりに精一杯生きた人だとなる

小高の工事現場で働いた人もいろいろ語る、あの人は特別話好きだから聞いていて面白いとなる
第一工事現場でそうした下の人が上の人に工事について提案する人はまれだろう。
ここは粘土で水がしみてくるから砂をまけばいいとか上司に提案して採用されたとかその人は上の人に何かと言い提案しているのである。
その人はだから工事現場で下で働いていてもそのことを語るのである。
つまりただ上の人の命令のままに働いていたというのでもない
下で働いていてもそういう積極性があった。何か働くにしてもそういう積極性がないと人間はロボットのようになってしまうだろう。
つまり仕事には何であれ常に創意工夫が必要なのである、それはあるゆる分野でそうなのである。工事現場で下で働く人もそうだったとなる
もしそういうものがないと働くことに積極的になれないだろう。

ともかく老人は今まで生きたことを語ることに存在感がある。それは何であれそうである戦争の是非はともかく戦争を経験したということ自体が今や大きな存在感をもつことになる、戦争に比べれば今の人は楽だと見えるのである。
戦争は生きるか死ぬかだからそうなってしまう。
そして人間は誰でもプライドをもっている、それは認知症になってもそうなのである。
認知症とはなにか?実際これは病気なのか何なのかわからないのである。
明らかに病気としてあるがでは人間でなくなったのか?痴呆となって人間ではないのかとなるとこれも実際介護してわからないことだった。
つまり認知症になっても今までしたことに人生を生きて来たことにプライドをもっているだから数字のことなど金のことなどわからなくなってもプライドは消えないのである。
それで馬鹿にすると敏感に反応して怒るのである。
姉も従軍看護婦として四年間シンガポールで戦争を体験したから死ぬ直前まで戦争のことを話していた。それだけ戦争というのは特別のことであり忘れられない経験だったのである。

今の世の中老人は早く死ねとかそんなことばかりである。それは経済的負担が若い者にかかるからそうなる。介護でもその負担が大きいからそうなる。
実際介護となると十年もしたからこれも無益だとなと思った、人生が奪われると思った。自分の場合は特別良くしてもらったから納得してやったが他の人は五〇代で仕事に一番油がのっているときにその時間が奪われるのは大損失であり社会的にもそうである。
ただすべてがそうかというとそうでもてい、以前として老人の存在感は社会にある。
俺はこうこう生きて来たんだよということを聞くことは次代のものにも参考になるのである。そういうことも歴史としての連続性を維持することになる
人間は一代だけで生きるものではないからである。だから農家などでは代々土地を受け継ぐからそこに他の人より故郷に愛着をもつのである。
会社とかはそんなに持続しないから愛着をもてないともなるがやはりそこで働いていたもは愛着をもち、病気になった人がもう一度工場の現場に行き仲間と働きたいというのもわかる。何であれそこで人生を費やしたのだからそうなるのが人間なのである。

だからともかくなんであれ自分の生きたことに誇りをもつ、誇りをもつように生きることが大事だとなる、それは別に地位が高いとか技術があるとか何かそういうことではない、自分が生きたことを正直に語ることができることなのである。
ただ戦争で人を殺した人はそのことを語れないということがある。
そういう人がいて何かそこに戦争の大きな問題がある。
どんな戦争でも人を殺すということは誰でも罪悪感が残る。それは勝ち負けでなくそこに戦争の大きな問題がある。

老人の話を聞きぬ木蔭かな
タグ:戦争
posted by 老鶯 at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人福祉医療問題
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