2016年07月14日

家電量販店とインターネットの買い物の相違 (アマゾンのレビューは消費者(有権者)の声が反映されている



家電量販店とインターネットの買い物の相違


(アマゾンのレビューは消費者(有権者)の声が反映されている)


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何かインターネットで向いているのは小物類である。パソコンの周辺機器とか五〇〇〇円以下の小物類がお得である。
IHヒーターを買ったが接続部分のコンセントが熱で焼けて使いなくなった。
何かそれは作りがおかしかったのか?危険でもあった。
IHヒーターでも熱がでるから危険になる
それは家電量販店で買った
今度買ったのは音声で案内したりと使いやすい、それを買ったのはカスタマレビュ-で評価が良かったからである。
たいがいカスタマレビューは評価に間違いがないみたいだ
なぜなら実際に買って使った人が評価しているからだ。

ところが家電量販店ではそろえてる品物もす少ない、どれがいいと聞いてもあなたが選びなさいとなる。そうなると買う方にすると不親切だとなる
使っている人に聞くのが一番いいのである。
実際に使っている人の言うことはまちがいないしまた別にコマーシャルのように金をもらって宣伝しているわけでもない、たいがい薬とか他のものを売るときテレビでは宣伝だから信用できないのである。
金もらって宣伝しているからである。

今家電などは特に通信とかitとかパソコン関係は何か買うのがめんどうになった。
第一家電量販店にそんなに品物をそろえられない、ところがパソコンなどはその種類もメーカーも多くなった、つまり店に並べているのはほんのわずかしかない
だからそこから選ぶと自分のあったものを選べないのである。
そこにも今の問題がある。それは家電だけではない、自転車だって種類が多いから何を買っていいかわからないのである。
それである自転車屋では自分が買いに行って実際に乗ってみてすすめている。
そうして一台は買った。ただこれも電動自転車のいいものだから選ぶ種類が少ないからできた。ロードなどは数が外国製も入ってきて多いから選ぶのが大変なのである。
八万で買ったロードは使いなかった。結局試乗できないから選ぶことにも失敗する

家伝量販店でレンジを三万で買ったときも失敗だった。
それは何でもできるものだと思ってしまった。料理までできると思った。
しかし実際は何もできないものだった。普通のを買っても同じだった。
それを買うとき家伝量販店の人は何も言わない、だから何でもできると思い買ったのである。要するに売る方にしたら高い方がいいとかで説明もしないのである。
そもそも家伝量販店で売る方にしても全部に通じるとは思えない、それほど種類か多くなったからである。
家伝量販店だと売りたいものもうけが多いものを売るとかあり消費者が買いたいものをすすめる訳ではない。そして品数が少ないからすでに選ぶのは限られているのである。


一方通販は品数が多く好みのものを選べる、レビューを見ればたいだいまちがいなくいいものが買える
ただアフターケアーとかないことや見た目とは違っていた、大きさが違っていたとかある衣服とか靴とかバッグとかは大きさがわからないので失敗する。
だから額が大きくなると通販は怖い面がある。つかいないとなると損になるからだ。
設置もできないことなどもあるから買うにしても不安はある。
でもだいたい通信関係をのぞいて家電はわかる、yi-fiとかwin10では簡単にできるようになっていた。
それもASUSとかの外国のメーカー品のノートパソコンでできた。これは三万くらいでありそれでも今は相当にいいものである。それだけハソコンは安くなっている
ただこの辺の家電量販店では置いていないから通販は便利なのである。

家電量販店と消費者の関係を考えると家電量販店の方が力関係では上である。
何を買いたいかと言ってもそこに限られたものしか置いていないし家電量販店ですすめるものとか自分で好きなものを選びなさいとしかない、でも知らないものを使ったことがないものを買う時は困る
それより使った人のレビューを読む方が参考になるのだ。
つまり家電量販店と消費者の間には何か案内するものが必要なのである。
家電量販店の店員が売りたいものがあり消費者が買いたいものがあるとして両者はあわないのである。
その中間に実際使った消費者の声が必要になる、それが一番信用できるのだ。
ものの評価はかたよることがないしまちががない、実際に使ってみてこうだったというのは使用できる、今まではこういう買い方ができなかったからだ。
近くの料理店でIHヒーター買った、それが古い型であり何かいいものに見えなかった。
その人は年寄りだからそもそも通販のことは全くわからない、売っていることさえわからないのである。その差はものを買うにして情報にしても大きい
テレビで放送されることは知っていてもインターネットで放送されていることは全く知らないからである。そういう情報格差も年代的に生まれている

このことを考えるとこれは民主的なことだと思った
つまり消費者の声とはまさに選挙なら有権者の声なのである。
選挙というのは政党とかある組織とか団体とか権力あるものの声が大きく一方的になる。そしてマスコミが政党と有権者の間に入るものだがこれも一方的なものとなる
でも生の消費者の有権者の声が入ればそれが民主的なものとなる
ものとかになると評価はまちがいないのである。
ここでは多数決原理が成り立つ、それは人ではないから評価が多数で良ければまちががないのである。

インターネットではじかに有権者の声がでてくる、それは匿名でも2chであってもそうである。そういうことが今まではできなかった。
インターネットでできるようになった。マスコミは政党と消費者の間に入っていてもマスコミの見方を消費者におしつけている、それは家電量販店とにたものがある。
実際は有権者でも多様な声があり品物も無数にあるときそれを選べるようにするのが民主的だとなる
だからこのレビューを参考にすることはテレビのコマーシャルとかにだつされないことになる。
ただこれも一〇万とか高くなると買うのが怖くなる。それでもカメラなど安いから買った不良品などないし簡単に日本のものは壊れないからである。
ただ通販で便利なのは一万から五〇〇〇円以下のものである。
それなら買っても失敗してもいいとなるからである。

いづれにしろ家電量販店でも商売としてインターネットと競争を強いられるとき売り方を変えねばならない、まず品数がそろえられないのだから通販より不利である。
何かサービスをが加えるから売り方を変えねばならない
一つの方法は使い方のサービスを提供することである。使い方がわからないのが多くなっているからだ。
年寄りは簡単な家電でもつかいないということがある。
それで街の家電屋がそうしたサービスをするとかで生き残るを計る
そういうものが家電量販店にはないのである。
だから何か不親切なものを感じてしまう。
でもまた地元に実際に家電量販店でもないと困るということもある
なぜならみんな通販でそろえるというのも問題であり困るということもある。
地元に商店もなにもなくなってしまうのではないかという不安もある。
だからすべてが通販になることは不便なことがあっても考えものだともなるも

ただ買い物にしてもインターネットの役割があり民主的なものが生まれたと感じた。
民主主義というとき別に政治だけではない、通信環境とかいろいろな技術が生まれないと成熟しないのである。
今まではマスコミが一方的に力をもっていた。でも必ずマスコミのとりあげることにケチつけるのがインターネットである。
そんな貧乏物語を特別取り上げるなとかそんなのが本当なのとなる。
実際にどういう事情でそうなったのかもわからないからそれを一方的にかわいそうだなともならないのである。
ともかくニュースは特別なものでない限り注目しない
だから極端に貧乏だとか困っているとかなるのが注目されやすいのである。
それを意図的にマスコミではとりあげるのである。
そして矛盾は弱者の味方のようでもマスコミは社員は高収入でありまた共産党であれ創価であれ幹部は金持ちだということもある、それは中国ではそうなっている。
貧困ビジネスだなと指摘するのもわかるのである。

考えてみるとなぜ創価とか共産でもなんかカルト的な宗教団体とか未だに強い力をもっているのはなぜなのか?それはやはり以前としてマスコミなどが力をもっていてその実体が知らされないからだろう。
自分はそこで運動していたからわかるのである。でも若い人はインターネットをしているし批判も読むはずだが以前として力をもっている不思議なのである。
全体主義的なものは民主主義とは一般的になじまないはずなのだけど以前として力をもっている、ただ創価の場合は与党にいるために得して力をもっているのと50パーセントの投票率では民意を反映していないこともある
ともかくカトリックの支配が終わったのはグーテンベルグの印刷機の発明で聖書を直接民衆が読めることになったからである。そうした技術革新の結果だったのである。
その時聖書という情報を独占していた牧師が失業することにもなったのである。
インターネットでもまたそうした技術革新の結果として民主主義的なものが促進されることはありうる。
それとともにやはりマイナスなことも起きてくる。
インターネットでは無数の意見が生まれ批評が生まれ数が多すぎててとても読めないということがある。そうなると貴重な知識でも埋もれてしまうのである。
人間はテレビを見て新聞をみてインターネットを見て・・・見てとなるともうそんなに情報をとりいれることができない、情報をとりいれるには人間の頭脳は限度がある。
そこにインターネットの大きな問題がある。
だからといってマスコミのように今までのように情報を独占されるのも今は拒否されるべきである。

要するに情報というとき一人一人が情報をもっている、自分が80以上の老人のことを聞いて語ったのも情報である。それはテレビとか見てではない、対面的に接して情報を得たとなる。過去には情報は体面的に人伝いで伝わった、今は通信の発達でマスコミとかインターネットでも対面的ではない、第一対面的にると接する人は限られてくる、数人とかなってしまう。そこで何かを判断することはできない。対面的になと表情などもにも現れるからよみとれる、猫は表情で仕草で何かァ伝えるし納得もしている、言葉を介さなくても何か通じている。
その人の言っていることは普通に聞いていることとは違っていた。
対面的だと驚くべき情報を得るとういことがある。
沖縄では外から来た人より内部の近くの人がレイプしたりするから怖かったという。
戦時中には異常事態だから何か起きたかわからないのである。
自分も外部の人より内部の人が本当に怖いと思った。
だから家の中に入ってくる人は本当に怖いのである。
そこで必ず何か問題が起きてくる、外部から確かに来る人も怖いのだが
戦国時代でも密偵としてとか内部に入って攪乱されるのが怖いのである。
こういうことは沖縄などでは外部からの被害ばかり言うから語られないのである。

民主主義というとき何か政治のことばかりにあるようになっているが日々の買い物とかの生活でも民主的なことがある。
マスコミはこれまで一方的にコマーシャルを出して消費者に買わせるという手法をとってきた。
テレビや新聞はそれで広告料をもらい成り立っていたのである。
でもレビューの評価になると何も金をもらっているわけでもないからその評価を信用できるのである。
ただこれもわざと評価をあげたり下げたりするものがいるとか問題になったその評価が直接売り上げに影響するからそうなったのである。
ただものの評価は多数がいいというものはいい、ただ薬などはわからない。ある人には効いてもあ人には効かないとかめんどうだからである。
でも食品とか物とか電器製品などの評価はまちがいない、実際に使った人の評価はまちがいないのが多いのである。

そしてパソコンでわからないことは対処方法はインターネットにでている、win10のイヤホンジャックからスピーカーにつないで音がでないというのはみんな書いている。
するとみんなが同じ問題に直面していることがわかり安心する。
そしてそのために中間につなぐものをアダプターをつけると音がでるともある
その製品もアマゾンですぐ買えるのである。
ここまで家電量販店では説明してくれないし品物を地方では売っていないのである。
大きなテレビとか冷蔵庫とかクーラーとかは家電量販店になるがパソコン関係などは今や通販でいなと売っていないのである。
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