2016年07月30日

夏の雲(建て続けられる復興住宅)



夏の雲(建て続けられる復興住宅)

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右田の津波の跡の庭(クリック拡大)

津波跡庭の大石に芙蓉かな

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これは二所帯用である

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クリック拡大

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津波跡庭の大石に芙蓉かな

建て続く復興住宅夏の雲

田舎にて木蔭に休む大工かな

新しき復興住宅地夏燕



ここの右田の家は流されて庭だけが残った。
ここの庭は前に外から見ていたけど大きな石があった。
いい庭だったのである。それを中に入って見るのは不思議だとなる
この俳句は別に写生そのものであり何の才能なくても作れる
写生そのものが実際はと驚きになっているのだ。
第一津波など経験しえないことであり庭だけが残っている跡など普通だったら見れないからである。「事実は小説より奇なり」となっているのがこの世なのである。


シシドスーパーの隣に復興住宅は建てられている、あそこを毎日通っている
だんだんできてゆくなと見ている。
ここを建てているのは東京の人だった。
これは地元の大工とも協力してたてている工法だという、それを普及するためにしているという。
大きな家は二所帯用だった。ずいぶん大きいと思ったからだ。
復興住宅はみんな小さい、だからこんな大きな家が建つのかと見ていた。
二所帯分だから大きな家になっていた。二所帯でもかなりスペースがある。

今はみんな建て売りで地元の大工は何しているのかと思っていた。
ここだって実際は二週間で組み立ててできるという。
何か今までの大工の仕事がなくなり家の組み立て屋のようになっている。
だいいちこれだかけの家を建てることはとても地元だけではできない。
その人は会社の人で小池のホテルに泊まっているという
電話工事の人もきていてその人は原町の寮のような所に泊まっているという。

今日はからっとした暑さだったが遠くに行けない、原町でも相馬市でも暑いときは行きにくい、紫外線が怖いからだ。
だから毎日近間を行ったり来たりしているだけなのである。
でもなにかこの復興住宅が建ってゆくのを見ていると活気があるとみる
新しい街ができてゆくのを見ているのも今までだったらありえないのである。
震災前は七〇坪を七〇〇万で整地した土地を売り出していた。
でも誰も買わなかったのである。家も建たなかった、これだけの家が建つということは本当に驚きである。新しい住宅街が10くらいできたかもしれない、それだけ家が建ったのである。だから前とはまるで変わっているから不思議になる。
別な街に来たような気分になる、シシドスーパーもできてこの変は都会化したのである。シシドスーパーは9時まで開いていることもある。

北斎の絵に富士山をバックにして大工が働いている絵があるが足場を組んで働いている人はそれとにている。これも高いから実際は危険であり落ちることがある。
こういう仕事は運動神経が良くないとできないことがある。
田舎だから木蔭で休憩をとっているの都会とは違っている、なんか安らぎがあるとなる。
タグ:復興住宅
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