2016年09月27日

障害者の大量殺人の次はに老人の大量殺人?ー看護師による殺人 (思いは必ず実行されるから怖い)


障害者の大量殺人の次はに老人の大量殺人?ー看護師による殺人

思いは必ず実行されるから怖い

9月20日、横浜市神奈川区で死亡した八巻信雄さん(88)の体内からは、消毒液の成分が検出されているが、18日に亡くなった別の入院患者、西川惣蔵さん(88)の体内からも、八巻さんと同様、界面活性剤の成分が検出され、死因も中毒死だった。 
一方、この病院で勤務する看護師が、FNNの取材に応じた。 
病院に勤務する看護師は「結構、立て続けに亡くなっているので、珍しいですね。(病院の)4階はおかしいという話が。呪われているんじゃないかとか」と話した。 
看護師によると、病院では、7月から9月に、およそ50人の高齢者が、同じ4階で死亡しているという。 



みんなが「障害者はお荷物」「障害者を長生きさせることはない」「障害者は産まれなくても良い」と障害者を罵り続ければ、 
障害者を殺しまわる人が出てきた 

みんなが「老人はお荷物」「老人を長生きさせることはない」と老人を罵り続けていたら 
老人を殺しまわる人が出てきた 

犯人はみんなの意見に感化されたのか、みんなの意見は世間の代弁だったのか… 

とにかくみんなの意見が犯罪者の考えと連動している…ということは明らかだと思う 

犯罪者は2ちゃんねるに集まるということなのか?


人間の思いは念は怖い、一見ただ思っているだけだから害がないとみんな思っているし別に思っただけで犯罪にもならない、すでに心で殺意でもわけば犯罪だと宗教だとなる

思ったことは必ず行為となる

そして思いの怖いのはその本人が思った時、それが関係ない他者に影響するというのだ。誰かが殺したい、殺したいと思っていると誰かが意志の弱い人間に伝播してその人が代わって実行されるという。だから思いは現実のエネルギーとして他者に伝播されるから怖いのである。
思いが思いとしてととまることなくなんらかエネルギーが伝播して行為として現れる

障害者なんか生きているだけで負担だ、家族も負担だ、死んだらどれだけ楽になるか
何であんなのが生きているんだ、死ぬのが一番本人にとっても家族にとって社会にとってもいいことだ

老人はなんで国民の税金をあんなに使っていきているんだ、なんでそんなに活かそうとしているんだ、延命治療なんか無駄なんだよ、税金の無駄使いなんだよ
安楽死させろよ、それが当人にもいいし家族も楽になるし社会にもいいんだよ
もう老人のために金は使うな、若い者の未来が老人によって奪われているんだよ

老人は死ね、早く死ね、死ね、死ね、なぜこんなに老人ばかりなんだ、早く死ね、死ね・・・・・・・


こんな声があふれている、特にインターネットになるとそうした本音がいたるところに出てくる、それが意外とまた相乗効果になって思いが増幅されて社会に拡散して誰かが本当に行動する
そこに確かにネットの危険性があった、インターネットによって憎悪もグローバルに拡大したというのもそうである。ネットだと発言が自由だから必ず何事でも対立がある。
その対立が日常的になるのである。たいがいは今まではそうした対立があってもおさえられていたのである。ネットがなければなかなか拡散することはできなかったのである。
その反面マスコミによって一方的情報で洗脳されていたのである。
今やマスコミさえマスゴミとしてこきおろされているし絶えず批判の対象になっている

ともかく人間の思いは必ず行動として実行されるから怖いのである。
借金している人はもう頭の中が借金を返すことしかない、ともかく何であれ金が欲しいとなるだけである、こういう人は本当に怖い、そういう人が自分の病気の時苦しいときに来たから最悪だったのである。
もう殺人者が来たと同じだった、最初は事情がのみこめなかったがあとは家族ぐるみで自分に借金の要求、金の要求になったのである。
だから借金自体が大罪でありもう犯罪者なのである。殺人犯が自分の病気のとき苦しいとき来たと同じだったのである。
もう自分が死ねば金が入るとまで思うようにもなっていた。そういうことは遺産争いで普通にある。金をめぐってはそれだけ人間が恐ろしいものとなる
何十万の金でも人は殺されているからである。

現代社会は豊かになっても人の思いが乱れている、欲はかえって豊かな生活でも増大している。金があれば欲望をかなえるものがある社会だからである。
そうなると常に金が欲しい金が欲しいという思いにみんな占領されているのである。
金持ちすら金があってももっと金が欲しいとなっているのが今の社会である。
要するに人間の欲はきりないということである。

今世の中に満ちている思いは異常な状態かもしれない、そうした思いが世界をおおうようになったらとをなるのか?それは目に見えないにしても地球を宇宙を作った神にも伝わり影響する、それで地震や津波や大災害が起きてくる
ノワの洪水も起きてくる、そういう末世に今や来ている

国際問題でも中国でも韓国でも日本を憎悪することをあおる、それが一三億人の中国人の思いとなったとき怖い、日本なんか滅びてしまいから滅ぼしてしまいとなる
そういう思いが怖いのである。だから反日というのは簡単に見過ごせないだろう。
一方でアメリカはどうなのか?アメリカ人の思いは何なのか?
別にアメリカ人は日本を恨んではいない、中国や韓国のような反日はない、それはアメリカが日本を支配しているから手下になっているからだともなる
だから今度は日本が中国の属国に手下になれば反日はなくなるのである。

いづれにしろこの思いは怖いということをみんなが自覚すべきである。
自分が半年間、金が奪われたことである人を恨み呪いつづけた。
その半年後に地震が来て津波が来たことも不思議だった
その念が影響したのかとも思った。自然に人間のなんらかの思いや念も影響するのである
いづれにしろ老人は死ねとかネットでの若い人の思いがこうした老人の大量殺人につながった、障害者の大量殺人もそうである。それを大規模にしたのがナチスかもしれない、つまり思いが念が現実化するから恐怖なのである。
動物には何か人間のような悪い念はもてないようである。人間の思いとか念は特別強いのである。
動物は人間に殺されて死んで食われてゆくから恨んでいるともみる、それで供養したりもしている、でも動物自体がそれほど恨むという思いがあるのかどうかわからない
ただ動物となるとやはり哺乳類とかなると人間とにているからそういう感情をもっているともなる、猫でもそうだけで飼っていると人間化してゆく,何か人間のことを察するようになる、人間の心をみるようになる、その心に反応するようにもなるからである。

こうした障害者や老人の大量殺人は結局起こるべくした起きたのである。それは世界的に共通である。そういう思いが世界中にあるということである。
それだけ社会に深刻な影響を負担を与えるからそうなる
認知症の介護でもそれを自分は経験している、でも二年半くらいで認知症の介護は終わった、でも障害者となると一生なのである。その長さもあまりにも負担だとなる
認知症の場合、人によって違うが何か介護する動機をもてるのである。
自分の場合、家に尽くした人だから恩返ししなければならないと懸命に介護したのであるでは生まれつきの障害者に知的障害者でも世話するとなるとその動機がもてるのかとなるただ自分が生んだというだけでその負担を一生負わなければならないからだ。
それもあまりにも過酷だとなるのである。

ともかく病院は一番簡単に人を殺せる場所なのである。外国で大量殺人があったしそれでも立証するのがむずかしいという、病院は医療ミスが常にあってもなかなかわからない、高齢者などが死んでもただ寿命で死んだというだけで問われないし家族も問わない人が多いのである。身寄りがない人だと余計に殺しても実験台にされてもわからないのである。家族が何か言うこともないからである。
病院は密室化して非情な場所になりやすい面がある
それと看護師でも医者でも高齢者はこれから故意に殺すということがありうる
それを許す社会状況もあるからそうなる、だから障害者や高齢者の大量殺人はこれからも起きてくる、自分は病院に二回一人で入院したから恐怖を覚えた
南相馬市立病院ではそれほどでもなかったが相馬総合病院では看護師の扱いがひどかったからいい印象をもたなかった。
一人の看護師でもそういう人がいるとその人にとっては悪い評価になる
親切にされた人はまた違った印象をもつのである。
医者は一日二回も回診していたのだから南相馬市立病院よりは良かったのである。
ただ看護師でももうそういう病人とか高齢者にばかり接していると嫌になる
何かストレスがたまり親切にできなくなってくる、そういう過酷な現場でもある。
自分の場合は別に重病でもなかったのだから嫌になるという患者ではない
だから不親切にされたのが今でも心に残っている

そして病院に対しては何か嫌だなという気持ちが大きくなっている
要するに病院という場でも弱者と強者となる場だからそうなるのである。
患者に対して医者や看護師は逆らえない強者になる、すると従わざるを得ないのである。それは自分が病気になり苦しんで介護しているとき借金を要求してきた親戚の人もそうだった、自分が身寄りがないとなんとか弱点をついて責めてきたのである。
相手も金をとるために必死だったからそうなった。
弱者になるとわかるけど弱者とは逆らえないのである。医者や看護師には逆らえない、従わざるを得ないのである。、だから殺されるとしても簡単に殺されてしまう
そうなっても結局殺人なのかどうかも立証するのがむずかしいとなる

それは弱者が相手だからそうなっているのである。
人間はいかに弱者に対して非情になれるかということがある。
弱者になったときその人間の本性が現れるから怖いのである。
そして強者は弱者を支配するようになる、弱者は何も抵抗できないという立場に置かれるそれが患者とか医師、特に病院内ではなりやすいのである。
ただつくづく人間はいつも強者でありえないのだ、必ず一生の間で弱者になる、特に最後に弱者になる、その時弱者となって弱者の気持ちがわかるとなるのである。つまり看護師だって看護される身になるし医者も患者になる、その時弱者になった痛みを理解できるのである。
そうなるのはすでに時遅しともなっているのが人間である。孝行したいときは親はなしとか言われたのもそうである。
親が死んでみないと親のありがたみもわからないのである。

やはりこの事件の解明はなぜ殺したかという動機だろう。何か看護師同士でもめていて恨みがあった形跡もある、とすると動機は何であったのか、殺人の動機というとき犯罪の動機というとき、一つだけではない、いろいろなものが重なって犯罪になる
なんらかそうして犯罪になる動機がかさなっていった。
この動機の解明は大事だろう、それは病院ではまた同じようなことが起こりうる高齢化社会だからである。看護師がそういう状態になる、患者を殺すような状態にある、そういう動機をもつというとき他の人にとって危険になるからである。
犯罪の焦点は動機にある、動機がなければなかなか犯罪者を特定しにくいのである。




posted by 老鶯 at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人福祉医療問題
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