2016年09月27日

実りがもどり秋らしい秋を感じる (日本の美は四季にあることを再確認)


実りがもどり秋らしい秋を感じる


(日本の美は四季にあることを再確認)

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秋あざみ七八輪が同じ場に

外からの来る人へりて燕去る

農家あれ前田に実りもどるかな

萩薄あわれや田舎の道暮れぬ

秋の蝶二羽舞いつつ雨しとと

朝顔や垣根はみだし美しき

図書館の秋や郷土の本並ぶ

図書館に本の手ざわりた秋となる

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南相馬市で贅沢なのは駅前の図書館である、あれには相当な金がかかった、前の市長が建てたことで反対もあった。あのような立派な図書館が必要なのかということもあった。
すでに十何年前とかなるとその時は駅前の活性化のためだった。
駅前はシャーター通りになって淋しくなってしまったからである。
六号線側はレストランが多いし活気がある。喫茶店もあるがコンビニの前るき喫茶店は暗いのである。何か喫茶店は立地が影響する、なぜならただ食べるだけではない、くつろぎたいということがあるからだ。この食べることだけのと喫茶店のような感覚の店とはかなり違ったものなのである。

食べるだけになると何か騒々しくなるのである。軽い食事ならいいが腹を満たす食事になるとうるさくもなるから嫌なのである。
この二つのものはもともと一緒にできないものだったが喫茶店だけではやっていけなくなり喫茶店はどこでも激減したのである。
コーヒー一杯で安いチエーン店の喫茶店は都会にある。
原町のモスバーガーは軽食と喫茶店が融合しているからいい、あそこは本当にわからなかったのが大失敗だった、近くでもこういうことはある

例えばこの辺では医者が少ないがそうした情報も結構わからないのである。
医者となると原町と相馬市になる、それから新地の新しい渡辺病院ができた
でもなかなか病院の情報もわかりにくいのである。
生まれたときから住んでいる場所でもわからないのである。
まず郷土史を興味ない人は故郷の歴史も知らない、石神の人は深野の生まれでも隣が押釜村であることも良く知らない、その名すら良くわからないとかともなる
今の時代は何か外国のことはニュースでも流すから知っていても肝心の隣の村のことは知らないとかなっているのだ。

結局それも広域社会にグローバル社会になったからだとなる、仕事でも復興事業にたずさわったのはほとんど外部の人である。
復興住宅を建てた人は九州から北海道までの会社から来ている、除染関係ならわかるが建物を建てるのになぜそんなに全国の人がわざわざ来ているのかわかりにくいのである
建て売り住宅は仙台の会社の人がきていればわかりやすいし納得する、仙台は仕事でも交流があるからだ。
ユニットバスの工事をするのは仙台の会社である
瓦を直したのはいわきの会社である。その時地元で仕事をしていたが忙しくてできなかった。
ともかくこういうふうに広域化する社会は何か今までの社会とは大きく変わっているのである。
広域化することはやはり地元でもそうであり広域的に働くとなると仕事を求めるとなる地元から故郷から出てゆくということは普通にある

そういう社会であるときどうしても今回のような原発事故のようなものが起きれば離散しやすい、外に出やすくなる、それは津波の被害地でもそうであり人口が流出して離散してゆくのはそういう社会だからでもあった。
なぜなら三陸では明治の大津波でも今回と同じような被害があっても漁業するために人はとどまり住んだからである。要するに漁業を生業としているからその土地を離れられないのである。今なら広域的に仕事を求めるからそうはならない。
ただこの辺で漁業関係者が成り立っていたのは補償金を事後前も事故後ももらっていたからである。あれだけの被害でも経済的には以前として恵まれたものだったのである。

ただ人間は生物の一種だからやはり樹や石のように定着して生を深めることができる
文明はエジフトのピラミッドのように定着しないと生まれないのである。
遊牧民から生まれない、なぜなら一つの場所に長く留まらないと何でも構築できないのである。
つまり何かを作るにしても時間がかかるし何かを自然を理解するにも時間がかかるからである。


俳句にすると秋あざみは同じ場所に七八輪咲いているというだけで何が芸術なのかとなるでも地元に定着してみるとき何か味わい深いものを感じるようになる
秋あざみが今年も同じ場所に咲いているなとなる、それは人間を見ている、同じ場所にやはり人間が住んでいるなともなる
あまりにも変わりすぎたらそういう感覚がなくなるのである。旅は変わりすぎて深く見ないのである。特に現代は早すぎるから事物を良く深く見ないのである。
だから記憶に残るものも少なくなる、今からするとせっかく旅してもったいないとなった
ともかく今日も蒸し暑いけど秋にはなっている、萩薄というとき秋の七草であるが女郎花は見かけない、この辺は荒地になったこともある。七草はみんな咲いている所は田舎でもなかなかないだろう。これはやはり日本的美的感覚なのである。

薄というとき何か老人の白髪に見えるのである。そして萩というときは優雅な花であり宮廷にもにあう花である。
そして垣根からはみだして咲く朝顔が美しい、それは木とマッチしているからである。
外国だとこういう風景はなかなかない、塀は完全に外界から見えない防壁になっているからだ。的に侵入を防ぐものだからである。日本では垣根だというときそれほどの外敵に備えなくてもいいということがあった。外国のように絶えず異民族と戦うということがなかったからである。垣根からはみだして咲く朝顔には何か日本的なもの感じる
日本の自然の美しいのは四季があるからである。それは都会では味わえないのである。
ただ一時この辺は原野化したから実りの稲穂がなくなったから秋の感覚も消えたようになった。今は実りもかなりもどったので日本の秋らしい秋を感じたのである。
タグ:日本の秋
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