2016年10月27日

オランダの徹底した平等主義は国の歴史と関係している


オランダの徹底した平等主義は国の歴史と関係している


A君は
有名工科大学の航空科を
優秀な成績で卒業し、
今は有名会社で
飛行機の開発に関わっています。


「エリート?
エリートってどういうこと??
その彼は飛行機が好きで、
飛行機の勉強をし、
飛行機の開発に関わっている。
ただそれだけのこと!
あのね、、この世に
”エリート(=優秀な選ばれた人)”
なんてものは存在しないのよ!!」

オランダの凄いところは
高学歴、高収入の
高い地位にある人たちが、
「人間の価値はみな等しい!」
「誰も偉くなんてない!」
と、熱くなるところです。

オランダの国土は
 ほぼ九州に匹敵・・4分の1は海面下
 堤防がなければ国土の65%が水で覆われる

 そこから独特の平等主義も生まれた
 『堤防の前ではみんな平等』 という思想
 堤防は全員が協力、対処しなければ守れない
 一か所でも決壊すれば国は水没する

 そこでは
 上下関係やヒエラルキー(ピラミッド型の序列)は 『 不要 』

 一般的な日本人のオランダのイメージはといえば、「風車」と「チューリップ」の国ということになるだろう。そして、読書に勤しまれた方などは、かの有名な「ドン・キホーテ」='Don Quixote' の物語を思い出されるだろう。彼の妄想は、「社会の悪」として「巨大な風車」を見立て、従者の「サンチョ・パンサ」とともに戦いを挑んでいったのであった。そもそも、「オランダ」という国は、国全体が海抜ゼロメートルとなっており、別名「ネーデルランド」='Netherland'=「低い土地」とも呼ばれている。この「オランダに行け」を英訳すると「ゴー・トゥ・ホランド」=’Go to Holland' となるわけだけれど、英語で「ゴー・ダッチ」='Go Dutch' と言うと、「割り勘」にしようという意味になるらしいのである。



  オランダの大使館に三年勤務していた人の話を書いたがヨーロッパ全体に適用されるものではないだろう。オランダは特に平等主義になった。それは国の成り立ちからそうなった。つまり全員一致して堤防を作り国を作ったことがその根底にある。
  そこには身分は関係ない、全員が平等で一致して協力しないと国が維持できなかったからである。たからこうした徹底した平等主義かヨーロッパ全体には適用されないだろう  
その人が碁や将棋が得意でありそれだけでもその人は認められる、それは飛行機のパイロットとも同格だとまでなることはヨーロッパの他の国でもないだろう。
日本では何かかえって差別が多い国である。就職だって学歴で差別しているしガテン系は3kとして嫌われている、設計している人はエリートであり現場は劣ったものとして給料も安い、でも現実を見れば建築現場で働く人は危険であり体力もないとできない、そういう職業上の差別がない社会にオランダがなっているということは特殊なのだろう。

日本では侍階級を明治維新でなくしても以前として侍は士族であり平民と戸籍に記され分かれていた。その後も日本は福沢諭吉の学問のすすめなどでかえって学閥とか作り支配階級を作ったりした。それで慶応大学がその学閥が強いのでレイプ事件とかで批判されるようになった。東大閥でもそうである。
「学問のすすめ」は学問で立身出世する手段とすることだったのだから当然だったのである。

オランダが住みやすいというときそういう平等社会は外から入って来た人でも平等だとなると住みやすいので増えすぎて問題を起こすようになった。イスラム系が増えすぎたからそうなった。学校でも人種が混交している。そういう極端な平等主義の弊害も生まれた。
ヨーロッパを理解することは様々な点でむずかしい。たた封建時代があるのはヨーロッパと日本だけでありここが共通しているので理解しやすいということはある。
城が本当に多いのである。騎士がいるということは侍とにている、歴史的に共通性があると外国でも理解しやすい。

オランダが栄えたのは海外貿易でありそれは日本の長崎の出島で交流があった。
蘭学がありヨーロッパの文化技術の窓口となったのだからその歴史は古い。
オランダは商人の国である、だから割り勘という風習が生まれた。合理的精神とか平等主義もそうした商人国家であった所以でもある。商業というとき商人になると相手の身分が高いからというより物の値段が最優先される、身分が通用しない世界である。
それで日本でも大名が商人に借金するようになって経済的に侍階級を維持できなくなったともいわれ明治維新が成功したと分析する人もいる。
芸術でもオランダは写実主義の絵画になったのも物をやりとりする貿易で栄えたからそうなる。空想的なものより写実的になるのである。

オランダがこれだけ平等主義だということは住みやすいだろう。それで移民も受け入れてふえすぎたことがわかる。オランダで安楽死が受け入れられたのも合理的に考える人が多いからだろう。ワークシェアリングとかもやはり合理的に考えそれを実践している。
その根底にはオランダ特有の歴史がありそうなったから他の国ではそれを即実行できるというものではない。

オランダといえばやはり風車である。

さらに風車のすぐれた技術は、造船にも応用され、やがて17世紀、オランダは世界の海を制して黄金時代を迎えます。キンデルダイクののどかな風車群の絶景は、ただ美しいだけにとどまらず、オランダが国土を確保・拡大し、大繁栄を遂げた歴史の象徴として、世界遺産に登録されたのです。

晩秋や風車の古りて村一つ

風車というのは古いものがある。何かそれが風格があり威厳があった。それてそれをドンキホーテが悪とみて突撃したというのもそういう面があったのか?
これは実際に見ないと実感しない、それは電車から見たものだったが風格があった。
なかなか実物を見ないと理解できないものがある。その土地に行ってみないとわからないものがある。ヨーロッパは歴史が古いからである。
ただ旅行してもなかなか歴史などわかりにくい、言葉が通じないとか理解できなかった。外国は本当はガイドが必要である。そうでないと深く理解できないのである。
また行きたいが何か旅することも疲れたとなる。旅も相当なエネルギーが必要だったのである。介護十年とかでエネルギーが消耗したのである。
外国を理解することはやはり相当な時間も必要である。物事は一挙に理解できない、徐々に理解を深めてゆくのが人間だからである。
それで最近何かいろろいなことが理解でるようになった。詩もむずかしいものだが理解できる、他でも本でも即座に理解できるのである。
その本を読んだときは理解していない、びっしり線を引いていてもそのことを理解していなかった。今はそういう本でも即座に理解して引用して自分のものにできるのである。





posted by 老鶯 at 09:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論
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