2016年10月30日

秋の日(穏やかな気分の詩-秋の日の木々)


秋の日(穏やかな気分の詩-秋の日の木々)

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秋の日の木々

(the peacrful lined trees)


川べりの土手の桜の樹々に
穏やかな秋の日がさしている
十数本並んだ樹
その根はその土地に根を張る
その樹に私はよりかかる
穏やかな日がその樹にさしている
樹はここにさらに深く根を張る
人はどこかに根を張る
いつまでも旅しているわけにはいかない
幸福をどこに求めるのか?
そが足元に求めずしてない
人はどこかに根を張らねばならない
川の面に鴨が波紋を静かに広げる
争うことなくここに群れている
今私は心から平和を感じた
様々な苦難と労苦に疲弊した
平和いづこにあるのか
そが足元にある
静かに根を張る樹々よ
平和ここにありて根付く
春には花が一杯にまた咲くだろう
日を浴びて青々と野菜はこの土地に育つ
秋から冬へと移る時期
樹はここに静かに並び立つ
変わることなくいつまでもここに・・・・




人間の気分も常に変わっている、気候でも季節でも人間関係でもなんでも影響して変わってくる
まず介護十年とか津波だ原発事故だとか災難の連続だった
自分の家も瓦礫の山となった津波の光景と同じだったのである。
火事場泥棒とか狂気が病気でも吹き荒れたし借金を求められて汲々としていた。
自分も病気になり弱り目に祟り目だった。
弱者化したときチャンスだと責めてきたのである。
つくづくこれが人間の正体かと思った。
ただ責めてきた人間も金で追い詰められていたのである。

自分の気分は30年くらいはなんかこんな気分であり波風もさほどたたなかった。
ただ家族関係ではいつももめていたがそれでもこんな平和な生活がつづいていたのであるそれが一挙に親の病気やら自分の病気やら介護など様々なことでそういう穏やかな平和な気分は失われた。それはこの辺全体もそうだったのである。
震災から5年過ぎてやっと全体的にも回復基調になった。
それでも避難区域だったところは小高でも浪江でもこうなってはいない
そこにも桜並木がありここと同じような場があった。
そういう場が失われたのである。
桜並木は残っていてもそこには人がいないとなる

結局平和とは何かというとき平凡なものなのである。そういう平凡なもののが意味あると気づかないのである。
さんざん苦しんだ結果としてただこうして並びたつ木々に平和を感じたのである。
避難した人たちも故郷の桜並木によりそこで再び平和を見いだしたい感じたいなるだろう要するにそんなことは当たり前だったがそれができなくなったのである。
いづれにしろ介護は相当に疲弊させる、家の中がそういうふうになるともう平和はなくなる、かえってそれにつけこまれたりする、それが人間の悪質さだったのである。
でもまたそういう人も苦しむようになるのが人間なのである。

今年は夏が長くつづいた。それでどうも今頃になると確かに北風が吹いたし寒くなった。でも秋深しと感じない、秋が短いからそうなったのかもしれない。季節感が狂ったともなる。熱帯化した日本になったからである。
秋が短くなったのである。そして冬が早く来たという感じになる。

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桐の花患いなしに昼の月

桐の花が乱れずに咲いて患いがなかったのである。その時自分は仕事もしていないし三食も用意されていた、ただぶらぶらしていたのである。
そういうふうに時間を過ごしてきたことが今になると不思議だとなる
今はそういう人が若い人でも増えている、やはりそれだけの余裕があるからそうなる
でも団塊の世代ではみんな企業戦士になっていたから自分のように自由に過ごしていた人はまれである。
今になるとこうした平和はつづかない、30年間平和だったということが相当に恵まれた時代だったともなる。時代的にも何か必ず不穏なことが起きてくるからだ。
それは個人でも同じであり一生恵まれて平和に過ごせる人などいないのである。
何か苦しいことが必ずあるしそういうことを前もって経験していればかえっていいとなる苦しんでいないとあとで必ず苦しむようになるからである。




タグ:平和な木々
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