2016年12月10日

津波原発避難者に通じる万葉集の歌 (日本人の心は万葉集にあった)


津波原発避難者に通じる万葉集の歌


(日本人の心は万葉集にあった)


大海(おほうみ)に、あらしな吹きそ、しなが鳥、猪名(ゐな)の港に、舟泊(は)つるまで

・・・・まで(真手)は待つことにも通じている、しなが鳥とはカイツブリで鴨のことである。嵐よ、吹いてくれるな、猪名(ゐな)の港に、泊つるまでは吹いてくれるな、何かそうした祈りみたいなものがこの歌にはある。
歌は祝詞でもあったからそういう言霊の祈りとしての歌が感じられる
両手を合わせて祈る姿なのか、真手というとき真直 (まなお )とかもあり大和言葉の原始性があるのかもしれない
鴨はいつも群れて同じ場所にいる、この辺では川にいて冬の景色となる
仲間といつもいるからなじんだ仲間と一緒にいたともなる

これを現代的心境にこの辺をイメージすると津波だ原発事故で避難したり翻弄されたが嵐にあったが港に船は泊まりそこで休みたいともなる
ただその港に住んでいた村や町に帰れないということにも通じている
鴨は故郷に一緒に過ごしたなじんだ仲間とかイメージするのである。

この歌は深く読めば確かに空間を距離を歌ったものだが時間にすれば人生としてみれば人間は誰でも嵐の日があく、苦しい日がある。いくら嵐が吹くなといっても吹く、それが津波とか原発事故で避難者になったことである。
確かに老人になって80くらいになってみればこういう漂流者のようになることは苦しいとなる。

ともかく万葉集には一つ一つの歌に深い意味があり日本の自然と一体化したもので同じものが作れないことにある。
この歌もそうだが不思議は何かこれには大海があり広大なものを感じる。でもこの歌に歌われた舟は当時どんなものだったのか?
非常に貧弱な舟だった。今だとイメージできないような舟であり大海に出れば今の十倍とかも危険なことだった。だから祈りは切実になる。
過去をふりかえるとき常に便利な現代からみるから誤解するのである。

魂合わば 相寝むものを 小山田の 鹿猪田守るごと 母し守らすも

これも万葉集独特の表現である。魂合わばというのがそうである。魂合うというとき原始的人間の感情である。何か狭いところだと常にこういう現象が置きやすい、本当にその人を思うときその人が現れるのである。
それは常に身近に住んでいるからであり今はみんな離れて住んでいるからそういう経験が少なくなった。
でも離れていても思う人があればそれは距離と関係なく魂合わばという現象が生まれるのが人間である。思いというのは距離と関係ないからである。

これを原発避難者とかと関係あるのかとなるとある、

小山田の 鹿猪田守るごと 母し守らすも

原発避難者は避難区域になったところは猿やイノシシや鼠に荒され放題になったからである。いたるところイノシシがほりかえした跡がある。猿に占領されたところもある。
つまり万葉時代になるとまだまだ野生の自然におおわれていたからそうなるのである。
その鹿や猪から田畑守るように母を守るというときまさにその子供が母を守るということなのである。

でもこの辺の現実は息子や娘は若い人は流出して帰らないのである。親を捨てたのであるただ母親が小高に残りたい20坪くらいの家を新しく建てた人もいた。それはまだ息子がいるからである。
納得いかないのはなぜ息子娘が若い人は簡単に故郷を親を捨てて出て行ったのかということである。放射能の影響があってもさそれだけでないと書いてきた。
それが一つの方便いいわけにすらなっていると、姑と別れて暮らした方がいいとか他にもあった。母を守るという気持もなくなっている時代ということもある。
親子の情も薄れたということもある。だから疑問はなぜこんなに簡単に故郷とか親を捨てられるのか?それはどうしても放射能の影響だけではない、なぜなら小高など別に放射線量など避難区域とは違い低いしほとんど影響ないのである。
だから小高が帰らないというときなぜ帰れるのに帰らないのかと要求が厳しくなるのである。
それはもう補償金もらって暮らせばいいということになったからだとも批判される
ただそのことを言うとお前は傷口に塩ぬって楽しいかとか小高の人はなる
そういうことは原発避難者全般にある。
被害はひがいとしてあるが補償金の問題は別問題になっているのである。
ギャンブルして遊んでいればあの人たちは何なのだと見るのは普通だからである。

要するになぜ避難者小高などでも帰れるのに帰らないのか
魂合わば・・・が魂が合わなくなったからである。
共同することがなくなったからである。心がもう分離してばらばらになり一致して復興できないのである。
それは避難区域だけではない南相馬市だったら市全体でもそうなったのである。
ともかく補償金では浪江町だろうがどこでももめているのである。
そのことにより魂合わなくなり分断されたのである。

家ろには 葦火焚けども 住み好けを 筑紫に到りて 恋しけ思はも  物部真根

この歌も原発避難者と何の関係があるのか?
これは相当に関係ある。なぜなら飯館村の比曽とかなると辺鄙な所だからである。長泥でもそうだろう。そこを通った記憶があるにしても自転車だとずいぶん遠い感じだった。
あの辺は飯館村でもはずれたところである。
でもそこに帰りたいというときそんな不便な所より今は補償金で金が入って福島市に家を買った人もいる、それで便利でいいじゃないかとか得したよなとか見る人もいる
でもそんな不便なところでもそこに住み暮らした人はまた別なのである。
つまり筑紫とは便利な福島市とか郡山市とかに住んだことなのである。
そういう便利な所に楽に住んでも 家ろには 葦火焚けど・・・と不便でも葦火をたいてもそこがなつかしいとなる。
万葉集となるとかけ離れた時代ともみる、今からすればどれだけ不便だったかしれない、第一葦火とはどんなものだったのかもイメージできない、ただ葦は繁っていたから利用したとなる。

いづれにしろこの辺は避難民などは特殊な立場に置かれた、漂流者のようになった。
第一故郷などは常にあるものであり家だってそうであり家族でもそうである。
そういうものは普通にあるものであり意識しないのである。
空気のようなもきになっている、でも一旦失うとそれを絶えず意識するようになるのである。
自分も家族をみんな死んで失ったときそうなった。
泊(は)つる港がなくなった。するとどういう心境になるのか?
大海を漂流している感覚になる、例え家があってもそうである。家はただ建物という物でありそこに家族がいなければそうなる、もし家がなくても家族がいればホームになる。ハウスとホームは違っているのである。家とは妻のことだというのもそうである。
おそらくホームとは故郷もホームランドであり家とかではないのである。
魂合わばという世界だった、それは生きている人だけではない、死者とも魂合わばということがあった。

現代は都会だとみんな漂流者、デラシネシアになっている。それは田舎でもそうであり人と人のつながりとか土地とのつながりとかうすれていた。
だからこそ一旦離散状態になったからもろくも解体したのかとなる
それは万葉集の時代とかとはあまりにも環境でも違ったものであるからそうなる
でもそうした心境はすでに万葉集時代にもあったから共通なものとして今に生きるとなるその時代から変わったものでも変わらないものが底流に流れまんようしゅうは価値ら
posted by 老鶯 at 12:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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