2016年12月18日

戦争と同じ国家的大事業だった原発 (そして第二の敗戦になった)


戦争と同じ国家的大事業だった原発


(そして第二の敗戦になった)


原発は何かというとかかわらない人はあまり意識しない、自分でも確かに三〇キロ圏内からははずれていたし遠いと思っていたのである。
でもこの辺では飯館村のひそでさえ原発で働いていたのである。
川内村は近いから三分の一は原発で働いていた。
つまりあのような辺鄙な村が成り立っていたのは原発で働いていたからである。
原発での給料は他より高いからそうなっていた。

そして原発というのは何か良くかかわらない人には理解されていない
それは国家的大事業であった。国家的大事業ということは国家の命運もになうものとなるそれで原発を指揮するものはそうした自覚をもち戦艦ヤマトのような艦長のような意識をもたないとできないとも言う人がいた。
それは一会社を運営するものとは違う国家的大事業だからそうなっていた。
ただ原発にかかわった人たちも必ずしもそういう自覚がなかったのである。
なぜなら東電という一会社がやはりになっていたからである。
その人たちがどれだけ国家的大事業の意識をもっていたのか?
ただもうければいいとしか思っていなかったとしたらそれが事故になる要因にもなる
一会社ならコストが一番大事でありコストカッターと言われた清水社長が一番上に立ったのはそのためである。
もし国家的大事業だとしたらコストだけではやっていけないからだ

戦争がそうである。戦争は三〇〇百万人死んだようにコストではない、人命がそれだけ犠牲になったからだ。
戦争というのが何か今になると自覚できない、今は自分の利益となる会社のことは絶えず意識している。でも国家のことは意識しなくなった。
国家を意識することは戦争で敗北した結果悪いこととされるようになったからである。
だから戦後は自己や会社の利益のみを追求したのである。
それで高度成長があり日本は経済的には復興したとなる

ただこの国家的大事業だと原発を自覚したのはそれが今回のように事故になったからである。その廃炉費用でも賠償でも二〇兆円もかかるとか途方もない税金がかかることに驚いた。そして自分は東電があんな大きな会社だったということも知らなかった。
市町村さえ買えるような大会社だったことがわからなかった。
だからそういうものに対抗することは容易ではなかった。

ともかく人間は国家とか大きなものとなると自覚しにくいのである。
だから具体的に国家とは何かとかわかりにくいのである、観念的に国家を考える
でも戦争や今回の原発事故では国家を意識したとなる
戦争だったら国家のために戦争しているし命をかけているし現に三百万人死んだのだから国家を否が応でも意識させられていた
その国家とは世界での日本、アジアでの日本という国家になっていたのである。

だからこそ原発事故は第二の敗戦とは言うときまさに国家的事業に失敗したからだとなるその敗戦処理に途方もない費用がかかる、それは日本が戦争に負けたとき三百万人も死に犠牲になりまた財産を失ったのとにていたのである。
その廃炉のために二〇兆円もかかるとか賠償金でもそうである。
その労力も莫大なものとなる、現実にすでに原発作業員が八人死んでいるとか町村が壊滅状態になったのも戦争とにているのだ。津波もまたそういう国家的被害であった。
つまり津波でも原発でも国家的に大事業として立ち向かわねばならないものだったのである。

原発が国家的大事業とするとき右翼からみれば国威高揚の手段となるから原発推進派になっている、それは日本の技術の発展でも原発は欠かせない、世界に遅れをとってはならない、そして右翼は核武装派だから余計に原発はやめることができないのである。
つまり原発は国家的大事業と位置づけているからそうなっていた。
でも戦争のように敗北すると国家的大損失になる、戦争で三百万人死んだようになる。
だからこそ国家的大事業を指揮するもののせ帰任は重大だったのである。
国民の生命をあずかるものとさえなっていたのである。
国家的使命感ももたねばならなかった。
でも東電が原発を運営していたというときその自覚があまりなかった
自分の会社がもうければいいくらいにしか考えなかったろう
利益さえあげればいいとしてコストカッターと言われた人が社長になったのである。
それはやはり一私企業としての自覚しかなかったからともなる

でも企業でも巨大化すると国家なみになる、東電はそうだった。国家に匹敵する力をもっていたのである。ある意味で東電が国家となり政治家でも官僚でもマスコミでも従えたとなる、検察から警察まで東電に天下りしていたのである。
だから国家を運営するとは何なのか?何かそのことが問われた。
それは観念的にはではなく具体的なものとして原発から問われたのである。
だから一面わかりやすく具体的に国家を感じるものとなったのである。
つまり東電だけでは運営できない、国家がかかわったから東電も原発を運営できた。
補償は国家がすることになでいたからである。

「原発の父」と呼ばれる読売新聞社の社長の正力松太郎は、独占的な通信網欲しさから原発を日本に持ち込み、田中角栄は利権目的で原発を利用した。こうして日本の原発は、その本来の目的とは乖離した、いわば不純な動機によって増殖を続け、そしていつしかそれは誰も止めることができないものとなっていた。

原発は一個人の私的な利益追求からはじまったのである。それも不純なものだったのである。国家的事業という自覚など全くなかったのである。福島県では原発を建てる一私人の土地を買ってそれを県で許可して建てられたともなっていたのである。
一会社が工場を建てると同じようなものとして原発は建てられたのである

だから国家が何かというとき、国家の指導的立場にある人も東電とか一企業に利益を得るだけのものとしてあってはならなかった。
なぜなら国家の命運がかかわっいていることは国民を戦争のように犠牲にする、三百万人も死なせるともなるからだ。そういう自覚が国家を指導するものにもまた東電にもなかったし国民にも地元の人たちにもなかった。
ただ利益を得ればいいとしかみんな思っていなかったのである。
それが事故になってみてこれば何なのだ、こんな大被害になるのかと驚いたのである。
それは科学者などは事故が起きたらどうなるかある程度は予測できていた。
ただそれを隠していたのである。その罪も大きいとなる
原発が国家の命運にかかわるというとき戦争と同じよう国家が滅びるとまでなることなのだ。現実にこの辺では町村が存亡の危機になっているからだ。
これだけの事故が起きても未だに原発がどういうものか国民も自覚していないのである。





タグ:原発と戦争
posted by 老鶯 at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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