2017年01月08日

大和魂とは何なのか? (日本の国土と一体化した独特のものの発露)


大和魂とは何なのか?

(日本の国土と一体化した独特のものの発露)



一方、大和魂は
「武士の想い」で、良い世の中を創るために、
志に生きることだと思います。

 ここでは、『毎日』が一歩リードした。三勇士の報道では、その内容、詳細さ、迅速さ
において『朝日』が先んじた。『朝日』が「肉弾三勇士」として報じれば、『毎日』は「爆弾三勇士」とそれぞれの名称で、報道、イベント合戦をくり広げた。

関東軍の重砲兵として入隊した当時、「百発百中の砲一門は、百発一中の砲百門に当たる」と教えられた。
疑問を挟むと、「貴様は敢闘精神が足らん。砲の不足は大和魂で補え」と怒鳴られた。”
by 中内功 (私の履歴書 2000年1月31日)

この点にかけても、わが大和民族は選民といっていいほどに、他のいかなる民族よ
りも優れたる特質を具備している。
それは皇室と国民との関係に現れ、軍隊の指揮者と部下との間に現れ、国初以来の
光輝ある国史は、一にこれを動力として進展して来たのである。肉弾三勇士の壮烈な
る行動も、実にこの神ながらの民族精神の発露によるはいうまでもない」
『大阪毎日』では26日第一面の「日々だより」のコラムで徳富蘇峰が「廟行鎮攻撃の
三勇士」として絶讃した。


「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇(あ)った者がない。大和魂はそれ天狗(てんぐ)の類(たぐい)か」

夏目漱石の『我が輩は猫である』


 敷島の大和心を人とはば朝日ににほふ山桜花  本居宣長

 かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂  吉田松陰

宣長の歌は平和そのものである。そこに何か戦うとかは微塵もない、ただ山桜が朝日の中に咲き誇る、これと全く違うのが大和魂なのである。
これはものすごく戦闘的なものになっている、それは明治維新で対外的になり攘夷論になりふきだしたものである。
だから当然戦争になったとき大和魂は戦争するために不可欠の精神論になったのである。大和心には戦争などイメージするものは微塵もないからである。
それは江戸時代の300年の平和な世界から生れたものである。

大和魂とは何なのか?

漱石がわけわからんものだというときそうなる、大和魂は外国を排斥するものとして日本の独立を保つために自ずと歴史的伝統から尊皇思想となり生れた
「やむにやまれぬ」ものとして生れたのである。だから日頃は江戸時代には意識しない、宣長は例外であり学者であるから意識したのであり侍でも意識していない
でも古来から大和心はあり大和とはそもそも何かとなると奈良時代に日本が建国したとき統一したときが大和となったのである。
その統一の象徴として奈良の大仏があった。蝦夷が強大な敵でありそれを征服した
大和が建国されたのである。だからその時大和魂が生れたとなる
大和魂が形成されたときちょうど万葉集が生れた、だから日本人の心は万葉集にある
万葉集の短歌から俳句も生れているから日本の文化の発祥は万葉集とともにある
政治的にも文化的にも日本となったのは奈良時代である。

大和魂は日本建国したことで生れた、日本統一したとき生れた。それが尊皇思想となったのである。日本が分裂して蝦夷と二分して戦っていたが統一されたのが奈良時代だったのである。それは東と西の戦いでもあった。その前には蝦夷魂とかあったともなる
その蝦夷魂は大和魂に敗れたとなる、そこには神道派と仏教派の争いもあって日本は奈良時代に統一国家になったのである。
大和魂とはすでに平安時代にあった、ただ大和心という意味で平和なものだった。
大和魂が意識されたのは明治維新のときだったのである。
大和魂は一個人の想いではない、国という大きなものの中に利己を自我を捨てることにある
人間はどうしても利己的であり自我にエゴに普通は生きている、でも国家が危難にさらされればそうした利己心の集まりでは対抗できないのである。
大きな国のために犠牲になることが要請されるのである。

日本人の強みは優秀だというとき大和魂が理屈ではなく備わっている、それは日本が海に囲まれて一つの独立国として存在しつづけたことにあった。
つまりいつも言うように地理がやはり日本を作ったのである。外国はそうした強固な民族の統一性を作れない維持もできない、絶えず異民族が侵入してくる、それで万里の長城を作らざるを得なくなってくる、その労力が膨大なものとなる
アメリカがメキシコ国境に壁を築くというのも歴史の繰り返しなのである。
大和魂とは強固な日本の国土と人民の民心の統一一体感を日本という地理的特殊性から自ずと生れたものである。だからこそ「やむにやまれぬ」ものとして対外的に危難のときに発露してくるのである。

でも大和魂は日本国土の統一のやまにやまれぬ感情であり国土の一体感から生れたものである。自分はそうした国土の日本の自然とのアイディンティティを追求してきた。
そのアイディンティティが万葉集となったのである。
それは他国を侵略する戦闘的な大和魂となったのは大和魂ではないのである。
なぜなら外国は日本の国土としてのアイディンティティがもていなからである。
大和魂とは日本の国土と自然と一体化した日本独特の感情なのである。
人間は自然を体躯としてもつ、国土はその体躯なのである。人間とその国土は一体なのである。
日本はそういうことが理屈ではなく地理的にも歴史的にも自ずと形成された国なのである中国とかアメリカとかヨーロッパとも国の成り立ちが特殊なのである。
大和魂は日本の国土に根ざした国民の一体感であり対外的に侵略する精神ではないのである。ただ日本の国土を侵略するものがあれば日本人の大和魂はやまにやまれず発揮されるそこに大和の大義のために日本人は利己心を捨てて大和の大義に殉じるのである。
そこに日本の強さがあり日本が簡単に征服できない、ヨーロッパにも植民地にできないものがあった。
インドであれ、中国であれ、南米であれ、なぜあんなに簡単に征服されて植民地化されたのかをみればわかる。日本は強固な統一された別個の文明を築いたいたからだとなる
その原因は日本の地理的条件とそこで作られた歴史にあった。

天の時は地の利に如かず地の利は人の和に如かず

日本には古来から人の和が強固に作られていたのである。それが大和魂なのである。
そして今日本の問題は何かとなると戦前はその過剰な強固な国意識により侵略戦争となった、大和魂は外国を侵略するものとしてはなかったからである。
日本の独立するためには植民地化しないためにはあったが侵略するためにはなかったのである。侵略しなければ日本も守れないという意識はあっても自ら他国へ侵略して殺りくするというのが大和魂ではなかったのである。
なぜなら外国の国土とは一体化できない、アイディンティティ化できないからである。

つまり日本とはnatinal identified body、one identified bodyなのである。
国体=大和魂=大和の義になる、国体という言葉がそれを物語っている
それが大和魂なのである。像をもって考えろというときまさにその像とは日本のBODYなのである。それはライン川をドイツの父なる川とするように外国でも通じるものがある
ドイツには特にそういうものがあるからドイツと日本はにている面はある。
中国とかアメリカとなると大きすぎるからそうした国土との一体感が生れにくいのであるだから中国は統一するのがむずかしく三国志になっている、国が大きくても人の和が保てないのである。それで一見強いのだが弱いのである。
つくづく地の利があっても人の和が形成されないと国でも人でも弱い、でも日本は地理的条件、地の利に恵まれて和が作られたとなる、日本でもこの和の強固さが崩れるときもろくも国自体が分裂して滅びてゆくともかぎらない、これだけグローバル化しているとき国が分裂して蹂躙されないとも限らないのである。

栄えある大和の大義に殉ぜよというとき日本は理屈ではなく国土的にも歴史的にも作られてきたのである。それを外国まで適用したのが間違いだったのである。
そうした日本の義は日本にとどまるものであり外国となると別になるからである。
そうした義は世界的には通じないのである。





タグ:大和魂
posted by 老鶯 at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論
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