2017年01月27日

今日の鹿島駅


今日の鹿島駅


今日は川崎から来た人が「香の蔵」に行きたい、タクシー呼びたいと言って聞いてきた、おややげを買いたいと言っていた。
あそこはお土産にはいいものを売っている、地元の菅野漬け物店で実際に漬け物を作っているからである。そこに長年勤めていた女性を知っている
その人には世話になったけど死んだ、菅野漬け物店はこの辺では有名である。

ここで気づくことはお土産でも買いたいとなっても駅では買えないことなのである。
六号線まで出ていかないと買えない、車で来たならいいが電車で来るとそうはいかないのである。だからタクシーを呼んで買いに行った。

もう一人は新地の人であり最終の電車の時間をいつかと聞いてきた。
それで一〇時何分だとか教えた、無人駅でありなかなかわかりにくいところがまだある。なぜ新地の人がというと新地までも仙台まで電車が開通したからである。

すぐ駅前の「車輪梅」とかで飲み会があるらしい、それで最終の電車を知りたかった
そこから駅はすぐ近くであり帰るには便利である。高架橋をわたる必要もない
新地との交流も電車の開通で再開されたともなる

鹿島駅は無人駅になったけどやはりまだその利用方法が知らない人が多い
それで自分はときたま気晴らしに行って教えたり案内している
地元の人でもまだ利用になれていないのである。
だから案内人が必要なのだと思った。

たいがい乗車証明書をここで押してとってから乗りあとでそれを見せて金を払うですよと教えている、そのことがまだ知らないのである。
そしてそんなことを教えてもたいがいありがとうと言っている
こんなことでもありがとうというのかと思ってそのことを前にも書いた
言わなかったのは本当に少ない、若い人が一人言わなかったのはだから目立ったのである
自分もありがとうとあまり言わない、自分は社会と隔離したような生活を三〇年くらいしていたから何か社会常識がなかったのである。
ただここ十年介護とか自分の病気で苦しみ社会とかかわり社会常識が備わったともなる
たいだい普通はありがとうとささいなことでもいうのが普通なのかとなる
すみませんとはいつも自分は言っていたがありがとうとはあまり言わない、そこが社会常識がないということだったのである。
感謝の経済学などとだから自分には言えないところがあったのである。
それは経験してきたから書いたのである。

ともかく人にありがとうと言われことは悪い気持ちはしない、こんなささいなことでありがとうと言われのかということも再認識した。
二年間くらい食事を出してくれた仮設の食堂だったらていねいに今日はありがとう、ごくろうさんでしたと礼をするのは当然だが駅でちょっと案内してありがとうというのは意外だったともなる

どうもたとえ社会的に認められた生活をしてきた人でもその人は資格があり機械とかに詳しく仕事ができてもなんかそうした社会常識がない人だったようにも思う。
そういう人がよく会社を経営できたのかと思う、経営と機械いじりとか理系の研究だけの生活とかは違うからである。あの人も社会常識がなかったのかとも思う

要するに社会的に仕事をしないことは何か欠けてくることはまちがいない、自分はそういう点で欠けていたのである。
考えてみると普通の生活では人間は常にありがとうという立場にある。
医者とか看護師をのぞいてありがとうと言う立場にある。ありがとうと言われる立場の人は少ないと思う、もしそういうふうにありがとうとばかり言われる立場にいると人にそんなささいなことでありがとうとは言わないだろう。
自分の接した人は普通に生活している人だからなのかもしれないとなる

駅では人の流れがありそれで人がどう動いているのかを実際に見ているのも面白いとなる暇になったから気晴らしに駅に毎日行ってそうしているのである。
でもそこには無人駅になってなんらかの用が生れていたことを知ったのである。
あそこには無人では困ることもある、人が必要なのだと思った。

タグ:鹿島駅
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