2017年03月15日

分断された原発避難地域 それぞれの意志を明確にせよ!


分断された原発避難地域

それぞれの意志を明確にせよ!

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原発避難者にも言い分がある。小高の人にも言い分がある。鹿島と同じにするなというときそういう反発はすでにあった。
鹿島の人の言い分とまた原町区の人の言い分も違うのである。
だから本当に複雑なのである。

そもそも避難区域となった小高でも飯館村でも他でもその内部でも分断されている
帰った人は一割くらいであり老人がほとんどである。
そしてその気持ちでも分断されている、帰る人と帰らない人で大きく二つに分断された
でもこれもまた二つとはならない、様子を見て帰る環境が調ったら帰るという人たちもいる。

もう帰らないとして家を現実に建てて避難区域の外で生活をはじめた人たちもいる
その人たちはもう避難区域になったところと関係ない、関係したくないと現実的になる。そういう人もかなりいる、その割合はわからないが調査すれば家を建てた人は確実にそうである。その人たちは復興とは関係ない、何かまだ補償金をもらいたいというだけである
ある人は名取に家を建てた、その人は別に親不孝でもない、親の部屋まで作ったから住んでくれと言っているそうだ、でもその親は小高に帰って住んでいるのである。
でもこうして外に家を建ててそこで仕事をはじめ子育てしている人にとって小高でも避難区域になったところとは関係なくなる
それでも矛盾しているのは親が残っているのに子供は帰らない、するとその親を世話するのは小高だったら南相馬市であり避難区域になった町村なのである。
それでも親が介護状態になったら名取に引き取るようになるのかもしれない、世話する人がいないしもう南相馬市民でもないのだから南相馬市で福祉でもサービスを受けるのはむずかしいからである。

現実にすでに南相馬市では介護のサービスを受けられないとして移り住んだ場所で福祉のサービスを受けている老人が結構いるのである。
東京の多摩に子の家族が移り高校生はそこの学校を出て就職したとかあり浪江の老人は原町市の復興団地に最近一人で入ったのである。
南相馬市では福祉のサービスが人手不足とかで受けられないとなりそうなった。
だからさらにそういうことはこれからも起きてくる

つまり帰りたいといっても避難区域には病院もないとか商業施設もないとか帰れる状態ではないとなり帰らないとなる
その前に現実問題として子供の教育も外で避難した6年の間に他の市とかでした。
6年となると長いである。すでに子供は他の土地になじんだとなる

ともかく帰った人と帰らないとしている人ははっきりしているのだ。帰らないという人と帰った人とは別個のものになったのである。
原発避難者というとき何か未だに浪江だったら浪江町民として考える、飯館村でもそうである。どこでもそうである、それは補償金と関係してその町村に籍を置くとういうだけなのである。
だからこの対処方法は図のように分けて対処するしかない
帰らないという人を帰れといってもできない、それはそれでいいとしてもうその人たちは復興とは関係ない人たちとしてみる
そこがややこしくしているのである。そして帰っている人、帰るつもりの人とが復興の対象となる。でも帰るつもりの人もまたあいまいである
放射線量が低くなったら帰るとか帰れるような状態、医者とかスーパーなどできて環境が調ったから帰る、それまで補償しろ、金をだせ、市長村でも国でもめんどうみろとなる。帰るつもりというのもあいまいなのである。
あなたたちは本当に復興をする気かあるの、あなたたちは補償金をもらいつづけていればいいというだけじゃないの、現実に老人が多いから国民年金で少ないから補償をつづけてもらいたいとテレビで主張した小高の老人もいるからだ。

ともかく何であれ帰って住んだ人はそこに住むのだから復興を目指す、その他の帰るつもりの人はあいまいなのである。自ら何かするのか?ただそこに住める環境が調えば帰るとなる、自分たちはそうしてお膳立てされたとき帰るとしている
そのお膳立てするのは誰なの、それは回りの人であり外の人であり国が被害を与えたのだから国でしなるとなる、南相馬市だったら南相馬市全体だともなるし県だともなる


一方でそうして原発避難民が被害を主張するのはいい、でも今度は国でも国民でもそんなに補償金を払うこと払い続けることに不満になる
それは国民の税金だからである。国策で原発を建てたのだから補償は当然だとなる
でもそうして補償ばかり要求すると国民の反発も大きくなりいじめが起きた
原発避難民は南相馬市内でも分断された、国でも県でもいつまでも期限なく補償はできないとなる
帰るつもりの人たちといってもその人たちは帰るという強固な意志がある人はどれくらいいるのか?それもよくわからないのである。
何かそれぞれの心が分断されたともなる、一致しなくなった。
でもこれはいつまでも避難民が一つとして考えるから複雑になる
図のように分けて対処する、それ意外方法がない、避難民を一つの市や町や村の人として考えるから複雑になり解決できない



放射線量問題があっても帰る人は帰りそこで生活して復興してゆく

帰るつもりの人は帰るものと帰らないものに分ける

あいまいなものを許さない

帰らない人たちは帰らない人たちとして対処する


こうして分けて対処しないといつまでも解決の道が見いだせない

結果的に帰らない人が多くなり避難区域はインフラでも維持できない、もう消滅するほかないとなるかもしれない、現実に人口が減って水道料金がえられないので維持できないという問題も起きている
限界集落化して夕張市のようになりそこでは現在の便利な生活が維持できなくなる
そうなると南相馬市でも財政的負担が大きいから小高を切り捨てるほかないともなる
自分がそうしたいのではないし小高は維持させたいとしても財政的に労力でも人手もたりないとなりそうなる。

要するにそれぞれの意志を確認してはっきりさせてそれで解決の道を見いだしてゆく
飯館村でも一億でも補償金をもらって外に出る人はでる、それを引き止めようとしてもできない、そして残った人は残った人で復興に努力するほかない
でも遂にその限界が来たらまさに限界集落として消滅するほかないとなる
それがいいのか悪いのかわからない、でも何か他に解決方法があるのか?
何かそこに明確化して対処するほかない、いつまでもだらだらああでもないこうでもないとしても解決するのだろうか?
そして国でも国民でもそういうことを許さない、鹿島と一緒にするなというけど南相馬市民でもそういうことを小高の人ははっきりさせて市でも市民でも対処するとなる

実際避難区域の外の人も南相馬市でも県民でも国民でも困る、いつまでも補償金を払い続けることはできない、どこかで区切りをつけなければならない
それが冷たいと言われても現実を解決する方法は他にあるのか?
もちろん様々な立場の人がいるしその言い分を聞いていたらまたまた複雑化する
限りなくそれぞれの言い分はあるからだ。そしたら解決するのは延々ともめてできないのである。

【知に働けば角が立つ,情に棹させば流される】

「意地を通せば窮屈だ、とかく人の世は住みにくい」と続く〕
理知的でいようとすると人間関係に角が立って生活が穏やかでなくなり、情を重んじれば、どこまでも感情にひきずられてしまう。 

 情に流されるというときいつまでもかわいそうだかわいそうだとしていると情に流されて補償金をいつまでも出し続けろとなり
知に働くと理詰めで言うとお前は冷たい奴だとなる
一体どうしたらいいのか、それぞれの解決策を提示してください



posted by 老鶯 at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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