2017年04月05日

避難解除した飯館村の春をめぐり短歌十首と俳句


避難解除した飯館村の春をめぐり短歌十首と俳句

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真野川の上流
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根元石
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根付き石-ここには人は住まなくなった

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滑の残雪
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クリック拡大ー残雪の吾妻嶺
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森につつまれ一軒一軒ある家
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クリック拡大
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前田の古い碑ー江戸時代のもの 

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前田の墓地にあった老木、

俺はここに残って死にたいんだ

そんな執念のような木に見えた


 


大倉や春の日さして根元石
飯館にまた人住まむ春の雲
春北風(はるきた)や峠を肥えて伊達に行く
前田には古き碑並び残る雪
春日さし老木の墓地に残るかな
飯館に春田のなしも悲しかな
春日さし石あたたむる動かざり


川上の春の流れの清しかも瑞枝の影のやわらきかな
清流の磐打ちひびき流るかな残れる雪のここに清しき
天上に浮かびしごとく残雪の吾妻峰仰ぐ神々しかも
山津見の社や遠く奥深し残れる雪に住む人ありぬ
知られざる道に誘われ春の日や遠くに行かむ山を望みて
八石山石切り場かな飯館に営みありて春の日さしぬ
前田より開けし土地や古き碑のここに並びて梅におい散る
広々とと飯館めぐり春の日や深く息して帰りけるかな
飯館の広々として春の鳥さえづりつつもわたり飛ぶかな
根付く石ここ離れじも淋しか春は来れど人住まぬ家
飯館に春の灯ともれ人影にほのぼのとして村も活きなむ

飯館の佐須から霊山に行きまたもどり山津見神社から八つ石をめぐり前田に出て臼石から草野を回り大倉から真野川に出て帰ってきた
つくづく山津見から前田の方には行ったことがない、飯館村は本当に広いからまだ行っていない道がある。
前に阿武隈高原の魅力が道にあると書いた、道が縦横にありどこまでもある。
その道を春の日がさしてきままに誘われ自転車で行くとき気持いいのである。
ただ介護十年で自由が奪われたので行けなかった、三食用意するとなるといつも追われていてゆっくりできないからである。
いつ帰ってもいいなと思うと楽であり追われることもなくなったのである。

飯館村は奥深いからところどころまた雪が残っていた、やはり寒い所なのだと思った。
あたたかくなったから雪は残っていないと思ったからである。
ただ最近まで寒い日があったから雪が残っていても不思議ではない
佐須から峠を越えて伊達市に入り霊山から望む吾妻峰は雪が厚く最高の景色であった
山は見る場所によって相当に印象がちがう、季節によってもそうである。
福島市から吾妻嶺を見てもそんなに美しく見えないのである。それも富士山でも同じである。場所や季節によって山の見え方は相当に違うのである。

今回は大倉の奥に木の根元にあったから根元石とか草野から大倉に出る所の石は根付き石とかなづけた。ぽかぽかと春の日がさしていた、そして石はそうして春の日がさして気持ちよく動きたくないとなる、老人になると特に動きたくなくなるのだ
「ここがいいな、ぽかほか春の日にあたたまって」とかなる
老人になるとそうして慣れ親しんだ所がいいのであり移動するのが不幸になる
だから大内村とかで70ハーセントも帰るとか飯館村でも30パーセント帰るというとき老人が多いからだろう。老人は慣れ親しんだ所に帰りたいのである
原発事故の酷さはそういう場を奪ったことにもあった。老人に過酷だったのである。

ともかく飯館村は何軒か避難解除になって住む人がいた、でももう住まない人もいて空家になっている、根付き石の所にある家も壊されていた、人が住まないということはどういうことになるのか、そして普通だったら春田になっている、春田というときこれから田に水が流れて田植えがはじまるという時期の田であり単なる荒地ではない
今はその春田がなく荒地になっている、そういう暮らしが消えるときそこは何なのだろうとなる、飯館村は広いから牧場とかあり土地が広いからそこをどう利用するのかとなる
ソーラーパネルとかになりやすいのである。

次回も飯館村に行って感じたことを書く
posted by 老鶯 at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村
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