2017年04月18日

老化は防ぐには筋力が大事 (自転車は効果的だったのかも)


老化は防ぐには筋力が大事


(自転車は効果的だったのかも)


 体の中には発汗の際に働く汗線周囲の筋肉や、視力を調節するレンズ周囲の筋肉など小さな筋肉も含めると650種類もの筋肉があり、その全てが連動して生命活動を支えています。これら全ての筋肉には共通点があります。それは、筋肉は神経を介して脳とつながっているということです。

 特に鍛えたいのは、「大腰筋」

鍛えたい太もも周辺部の筋肉のうち、特に重要なのが「大腰筋」です。大腰筋は股関節と骨盤をつなぐ大事な筋肉。歩行時に足を引き上げたり、階段の上り下りをしたり・・と日常動作で大きな役割を果たしている筋肉です。

自転車をこぐ時に、競輪選手のように頑張って自転車をこぐのではなく、あまり急な坂道ではない位の平坦な道で、頑張らない程度にこぐと、大腰筋が良く使われます。

大腰筋が重要なのは、大腰筋が、背骨と骨盤をつなぐ姿勢を保つ要の筋肉だからです。
大腰筋が衰えると、骨盤も歪みやすくなります。


人生の結果が老人にでる、しかしそれは予測できないものなのである。老人になってはじめてそきことを知り愕然とするのである。
それはあらゆる面でそうでありカルマの総決算が現れるのが60代以降である。
なぜなら人間はどんな人でもカルマを積んでいるからである。
カルマとは行為のことでありそき行為が結果として老人になり現れる

だからその人生は行為の積み重ねであり想き結果が老人に現れる、それが自転車と何の関係があるのかとなるとやはり自分の場合はあったのかと思う。
自分はサイクリング旅行したりしたのは40代でも車がないのだから自転車にのっていたからである。
ただ最初は20代でも電車でずっと旅行していた。そして自転車で旅行している人をうらやましくみていた、あんなことできないと思っていたのである。
それが電車の旅行がものたりなくなり40代からするようになった。
海外旅行もできないと思っていた、それを50代ではじめたのである。
人間は何か最初から思い込みがある、自分にはできないと思ってしまうのである。

新地駅であった老人は体は小さいのだけど何か言うことはわからなかったが盛んに自分の体の自慢をしていたのだと思う。そして俺は体は丈夫なんだ、見ろこの筋肉をと言って触らせた、それが本当に筋肉が盛り上がって堅いのである。ボディビルダーのような筋肉をしていた。自分の筋肉はさわると柔らかいのである。
あの人は肉体労働をしていた。そういう生活の積み重ねで筋力が鍛えられたのかもしれない、そういう人は他にもいる、体が大きいから体力があるとは限らない
船乗りだった人は体が小さいのである、あんな体で船乗りに漁師になれるのかと思った。でもその人は体が機敏なのである。だからゆれる船ではかえっていいのかと思った。
それから鳶をしている人も体が細いのだけど機敏なのだろう。高い所で細い鉄骨のような所を歩くの怖くないしかえってあっているというから驚きである。

いづれにしろ人間は生まれつきの資質は一生を左右するのも確かである。そういう資質は変えられないし作れないからである。
だから人間は本当に学歴ではない、資質が左右して仕事ができるかできないかで決まる、収入も決まる、鳶の人はやはり収入がいいし仕事ができる人は収入がいいのである。
大工だって何だって仕事には資質が作用している、東大でようが資質がなければ仕事ができないとなる、だから学歴で人間は評価できない、ただ理系となるとそういう素質が資質が関係しているからある程度は見れるのである。
文系となると東大と三流でもほとんど関係ないのである。
ただやはり学問でもなんでも積み重ねだからそれが影響してくるのである。
得手不得手があったとしても長年積み重ねがあれば詳しくなれる、第一あらゆることに精通などできないからである。

だから老化という問題もそうした人生の結果として現れるともなる、60代すぎると10年くらいの差ができる、特に病気したりしたらもう急激に老化しているのである。
だから老後は60代以降は病気が一番怖いのである。でもなんらかの資質でまた素質で病気になるのである。
自分は自転車にのりつづけていて悪い結果としても現れたかもしれない、自分の病気は自転車にのっていたためだっかもしれない、ただいい面として「大腰筋」が自転車だと鍛えられていたのかもしれない、何か若く見えるというのもそうかもしれない
自分は20代で60に見えていたのである。老成していたのである。
だから奇妙だけど今になると自分はその20代と変わりないともなる、顔でも変わらないとなるのである。
自分は母と同じように体力がない、だから激しい運動はできないのである。
自転車は登山のような激しい運動ではないからできたのである。

そして結果的に「大腰筋」が鍛えられていて筋肉が強化されていたのかもしれない、姿勢がまだいいからだ、ただ別に自分だけではない一般的に今は老人はそうなっている
病気になったりするのはまだ少ないからである。だから比較はできない。
ただ人間の体では筋肉が一見腕の力こぶとか目だった所をみるが全身が筋力でそれが脳にも影響しているというとき筋肉が神経とも連携している、となると筋肉は体にとって大事だから老化をふせぐためには筋肉を鍛えろとなっている
筋肉が大事だというとき寝たきりになると筋肉が急激に衰えて立つことも歩くこともできなくる、そのことによって介護する人は過重な負担を強いられるのである。

自分の母親は死ぬ一週間前までホータブルトイレにベットから起きてしていた。
それまでも這ってトイレにまで行っていた。なぜ寝たきりで動けなくならなかったのか?
それはやはり細身だったけけど筋力がまだあったからだったのともなる
筋力が弱ると起き上がることも立つこともできなくなるからだ。
こういうことで自分は介護してもなんとかできたのである
オムツもしてなかったからである。
だから介護されるにしてもこうして楽だと迷惑をかけないことがある。それには筋肉が働く必要があったのだ。

長寿社会というのは先が長いとなるとき金の問題も大きいがまた健康の問題も大きい、
どうしたら健康に長生きできるとか、どうしたら楽に死ねるとかなる
自分の母親はその点百歳まで生きたけどさほど迷惑をかけないで死んだなと思う。
ただ母の人生は何の面白味もない人生だったからそれがいいかどうかはわからない。
ただ健康面から見れば良かったとなるだけである。

ともかく老人になれば60代以上はやはり何でも日頃の生活の積み重ねが現れる、それはカルマでありそれが結果として現れる、それは肉体面でもそうだし精神的面でもそうなのである、それは刑法で罰せられるか罰せられないとかではない、その内面に刻印されるものがあるから怖いとなる、顔に責任をもてとかなるのもそうだろう。
人間はなんらかカルマを積むしそれは精神面でも体の面でもそれが結果として老人になり現れる、自分が十年間の自分の病気とか介護とか他者から苦しめられたのもカルマだったのである。
このカルマは誰でも相当に厳しいものとなる、ただ自分はそのカルマを十年間で清算したのかもしれない,それはまだわからないにしても何かそういう感じはする

posted by 老鶯 at 10:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 老人福祉医療問題
この記事へのコメント
昔のお医者さんは患者さんにどうすれば言葉が届くかを工夫してました。
子供の頃、かかりつけのお医者さんはこう言ってました。
「坊や、人には心臓が三つあるんだよ。一つはドキドキするからわかるね。二つめは横隔膜。三つめは筋肉。もう少し大きくなったら辞書で調べてごらん。」
Posted by at 2017年04月26日 11:05
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