2017年04月20日

新しいキクチスーパー開店 鹿島区は人口も減らないし前より便利になっている



新しいキクチスーパー開店


鹿島区は人口も減らないし前より便利になっている

kicuchiiiss1.JPG

kicuchiiissss333.JPG
前とは違って明るいし見やすい、品物も多い



キクチスーパーが今日開店した、中は原町のキクチスーパーと同じようになっていて品物も増えて見やすくなっている
シシドスーパーもできたし競争になると買う方にとっては便利である。
隣にも新しく店ができるらしい、どういう店かわからない
南相馬市では鹿島区は震災以降かえって良くなっている、人口も減らない、他からわからないけど双葉郡地域からも移ってきて家を建てた人がいるからだ
シシドスーパーの隣に復興住宅ができて浪江の人たちが入っている
経済というときやはり人口がものをいう、一人でもいればそれだけ消費するということがあるから二つのスーパーができたのである。

それで昨日小高の人は人口が多い方が力もつんだよなとか言って嘆いていたのもわかる
小高とか浪江は本当に復興するのがむずかしくなっているのは極端な人口の減少なのである。それも帰ったのは老人がほとんどだからである。
なぜ自分が小高の人は放射線量も低いから帰らないのかと言っていたが
まず回りが豊かな便利な生活をしているとき人間はその生活レベルを下げたくないのである、戦後十年くらいまでは炭を使っていたし水道もない生活だったがみんなそういう生活だからいいわけである。誰もが同じような生活をしていたからいいのである

北海道に土砂崩れとか水害で北海道に移住した十津川村の時代は明治であり結局その村にいても別に豊かな生活などできない、北海道に開拓に入ってもたいして変わらない生活になっていたのである。
なぜこの辺で復興をむずかしくしているのか?それは今回の津波被災地では同じ課題をかかえている、人口の流出であり若い人の流出である。
それは結局とどまるにしてもそこでまず復興すること自体が重荷となるからだ
そうなると便利な所が回りにいくらでもあるのだから原発避難者は補償金をもらったのだから移住した方がいいとなって若い人は帰らないのである。

逆に戦後十年のような生活だったらみんな不便で貧乏な生活をしていたのだから外に出ても同じだとなり残っていたかもしれないのである。
そういう時代の影響が大きかった、町でも村でも復興するということの意義を書いたが
回りに南相馬市だったら原町でも鹿島でも前と同じような生活をしているのだからこっちでもいいやとなってしまう。
鹿島などは前より良くなっているしこっちの方がいいとなってしまう。

いづれにしろ鹿島区ではまだ大東圏建託がアパートを建てている、15棟くらある、だから他から移り住む人がいるから建てている、いわきナンバーが多いから双葉郡の方から移っている、人口はへらないのである。
今回のキクチスーパー開店もこれも買い物にはいいなと思う、毎日買い物が仕事になっているからだ。料理などしていない、何を買うかの方が家事では問題だったのである。
買い物の方のコツがわかれば料理もそれに応じてできる、簡単なものでもそうである。
だから今は品物の数が多いから買い物が一仕事になるのである。

鹿島区でたりないのはレストランとかであり一人暮らしで利用できるものである。
そうすれば一人暮らしでも楽である。何か自分で作ったものがうまくない、外食した方が食堂でもレストランの方でもうまいのである。
ともかく鹿島区は小高と比べるとその差が大きい、鹿島が震災前より良くなっている
もちろん津波などの被害も大きかったのだが人口が減らないのが大きい
人口が減ると一万を割ったりすると相当に影響がでてきていた
全体にしぼんでゆく感じになるからだ。
もう一つなにの店ができるのか楽しみだともなるのが鹿島区である。

posted by 老鶯 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/179501115
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック