県庁を廃止して市が直接国と対話する
廃藩置県は失敗だった-原発事故も県が許可したためだった
インターネットでは本とかの解説が多くなり映画でも誰かが解説しているからその時その映画をアマゾンで注文して見たりする「アレキサンドリア」という映画をアマゾンで見たアレキサンドリアには自分も行ったことがある、エジフト文明の最後の場所でクレオパトラの時代でありローマにより滅ぼされた
関連したものでアレキサンドリアの映画が即座に見れた
今回の解説する雑誌はサピオと中央公論である。
中央公論で30万都市を日本全国に(村上誠一郎)
県庁を廃止して市が直接国と対話する
今議論されている道州制より、30万、40万の市を日本に300くらい作る、国と直接対話した方がよほど効率的である
県庁、道州制の「州庁」は必要ない、市が直接国と対話してこれがたりないから予算くれなどとやったほうがよっぽど早いんですよ
台風で被害を受けた伊豆大島でお年寄りに避難を呼びかけても応じない人が多い
そういう人たちに国や地方自治体が移れといえますか?
民主主義の国である限りそこに住みたい人は住ませてあげるほかないのです
このことで原発がなぜ建てられたのか?
それが双葉とか大熊の土地所有者と県の許可で決められたと言われる
県が介在した結果として変な方向にもっていかれた
そこに最も身近になる南相馬市とかいわき市はかかわられなかったということである。
国と県が結びついて肝心のその周辺都市の意向は省かれたのである。
おそらく県で決めたというとき福島市は距離的に50qから60qと離れているから原発事故になっても関係ないと思っていたのである。
それは自分の町も30q離れているから関係ないのかと思っていたからだ。
それか意外と福島市は放射線量が浜通りの海側より高かかったのである。
これも何かの罰だったのか、カルマだったのか因縁だったのかとなる
というのは福島市も放射性物質は風でどこに流れるかわからない、危険なんだよとなれば簡単に許可しないからである。福島市の人たちもかかわり原発を建てさせないとなっていたからである。そういう危機感は全くないから県で許可したのである。
そもそも明治維新の廃藩置県は無理な行政単位でありそれが弊害を生んだ、だから自分は江戸時代のことを良くとりあげるけどその江戸時代が遅れた前近代的なものとしてみる
でもよくよく比べてみると江戸時代に現代に失われたものがかえってそこにあり現代がおかしいなと言うとき江戸時代と比べると見えてくるものがある。
近代化とは様々な弊害を生んだ、その大元が廃藩置県にもあったのである。
それは無理な線引きで日本全国を分割したからである。
だからむしろ江戸時代の藩こそが自然を基にして歴史を作ってきたからそこにこそ自治体のよるべき習うべき継続すべきものがあった。県にはそうした歴史が積み重ねられていないのだ。県というのは単位が大きすぎから政治でも行政でも地域密着型になりにくいのである。何か本当に不自然なのである。
福島県は最初は会津県とか二本松県とか磐城県とかの構想があった。それは江戸時代の藩の継続としての県だったのである。だから福島県というのは不自然である。それは日本全国の県というのは不自然である、それは自然としてもアイディンティティをもてない広さである。会津とかは気候でも地勢とか浜通りとはまるで違ったものだからである。
文化形成も違ったものとなるし歴史の継続としてもそうである。
福島県は会津県、二本松県、磐城県とかなった方がわかりやすいし歴史的継続もあったのである。それは風土的にも一体感がもてる地域だったのである。
そして選挙区でも福島一区が相馬の方までありそこは阿武隈山脈でさえぎられているから地理的一体感がないのである。福島市と仙台より交通の便でも遠くなるのである。
地方自治というとき今は30万くらいの単位だとその土地に密着した政治でも行政でも文化面だってできる、県単位では県の歌を作るにしても会津も中通りも浜通りもあればそれらをふくんだ地域として作れないのである。
人間が身体と感じる範囲はやはりめんなに広くてはできない、ちょうど相馬藩くらいが範囲としては適当だとなる、会津は広いが一つの山国として地理的一体感がある。
原発は浜通りにとって一番身近なものだった、いわき市と南相馬市と相馬市でもそうだし浪江町とか双葉町とかは相馬藩内だからその辺も合併して広域化した市がかかわり決めるべきものだったのであ。その時は県ではなく国と直接交渉すべきだったのである。
県というのは自治体ではないから地に足をつけていない、だから簡単に離れているという感覚で許可したともなる、自治体とは市町村はその土地に継続して生きるものによって作られる、それは自然でも歴史でも継続したものとしてある
だからつくづく廃藩置県は不自然であり今になりまた江戸時代のことを見直すことになるそこに継続されるべきものがなかった、藩の継続というとき30万くらいの都市として市として継続してゆくことであった
そこで住民自治体が形成される、原発でもそうしたら30万の都市の内で検討された
一区画の土地所有者とか双葉とか大熊とかの町だけではない南相馬市でもいわき市でも検討される重大な課題としてとりくむ、事故後に現実にいわき市でも南相馬市でもその後始末をさせられる結果になったからである。
特にいわき市は二万人移住したとなりそこで軋轢が生まれたからである。
南相馬市でも復興住宅が建ち浪江の人でも他でも2000人くらい入ってくるようになった
まさにすでに現実はもう浪江とか双葉とかてはない、広域的な都市の住民となったのである。
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