2017年08月27日

警官自体がよそ者であり田舎の事情を知らない (それでづかづかと田舎の事情を知らないで介入してきて平和を乱す)


警官自体がよそ者であり田舎の事情を知らない

(それでづかづかと田舎の事情を知らないで介入してきて平和を乱す)


今回駅で一見「あやしい」と通報した人がいて警官がすぐにかけつけることはいいことのように見える,でも何の正当な理由もないのにしているとき田舎だと特に狭い範囲で生きているからかえって治安を乱す,田舎ではそうしたことは狭い所で生活しているから深刻になるのだ,だから村社会ではなるべく争わないように工夫していたのである。
毎日顔を突き合わせて生活しているからそうなった,村八分があったとしても簡単にはできなかったのである。

今回の問題でそもそも警官が駐在所で南相馬市警察署でもそうである。
その警官はみんな地元に長く住んでいるものではない
一時的にいて転勤してゆく,つまり警官自体がよそ者なのである。
ずっと住んでいればいいがそういう人がいても大方は転勤する人が多いのである。
それは銀行でもそうだし現代ではそういう人が田舎でも多くなっている
そうなると一時的にいるだけだら元から長くいる住民とは違って田舎のことを知らないのである。
その土地土地のことを知らないのである。また愛着など郷土愛とかもないのである。
田舎がどういう所なのかもわからない,その人間関係もわからないのである。

ただ田舎自体が昔の田舎とは違う,会社員がほとんどであり農業しているわけではない,すると田舎でも何をしているのかわからない人が多いのである。
そこに田舎自体のコミニュティが失われている,だから簡単に誰か知らない人がいて駅をうろついているだけでも通報される,でも自分は冬から駅にいたのだからそこで問題がなかった,だから通報した人は聞きにくれば良かったのである。
冬からいるということは相当長いのである。

ともかくそこに長く住んでいる人はやはり信用に値するともなる,外から来た人はなかなか信用できないとなる,それで農家では三代つづい一人前の農家として仲間になるというそれは農業時代のことである。今は全く違うみんな会社員の時代なのだから何をしているのかわからない人が多いのである。
田舎でもそうである。東京から会社の社長がきて迎えに来る,そうなると東京の会社の社長はここに住んでいないから土地のことに関心がないともなる

例えば市役所の人がきても原町の人だったら鹿島駅に関心がないし車だけで電車を利用しない人は駅には関心がないのである。
そういう時代だから何か一つのコミニュティというのが形成しにくいのが現代である。
すると誰かわからない人が駅にうろついているだけでも警察に通報する
直接いつもいたのだから聞きもしないでそうしている
あやしいとしてもその正当な理由がないのである。
その通報をうのみにして警察が飛んできて職務質問する
何か迷惑をかけているわけでもないのにそれが義務だとして正当化している

広域化社会とかグローバル社会とかになったがその弊害も大きかった
昔の村のような核となるコミニュティが崩壊したとき原発事故でもわかるようにコミニュティは簡単に崩壊して元にもどらなくなった
広域化グローバル化の影響は確実にある,金さえあればどこでも暮らせる便利に豊かに暮らせるというときそうなる,それもいい面と悪い面としてある

物事は必ずいい面と悪い面に働くは便利でも交通事故がない日はない,車も諸刃の剣なのである。
その最たるものが原発だったのである。これも事故がないならいいものだった
でも事故になったらもう故郷でも住めなくなったのである。
この被害は大きいのである。
なんでも諸刃の剣だということを知らないとそういう危険な目にあう。

要するにこの世に絶対的いいものはない,いいと思ってもダークサイドとか悪いものともなる,科学技術は人間にとっていいものだとしても悪く働くと交通事故になり原発事故になり住めなくなる
警察権力でもそうである。いいものとして働けば治安を守る,逆に悪いものとして働くと住民の自由な権利やコミニュティをも破壊するようになる
田舎では極力警察権力は嵌入しない方がいいいのである。
ただあやしいと通報しただけで昔から長く住んでいる人を職務質問したりしては田舎は住みずらくなる,だから極力角をたてないように田舎では配慮する必要がある

警察は権力があるから家の中までもずかずか入り込んでくる,相手のことなどかまわないのである。暴力的であり横暴になりやすいのである。
それでいいとして警官があるとき田舎でも平和が乱される
そして気まずくなり住めなくなるのである。

やはり人間は生物の一種だからどこであれ一カ所に長く住むことで信頼でもアイディンティティも形成しやすいのである。自然と一体化するのが自分の詩のテーマである
自然も木でも寿命が長い,最低で百年とかなる,縄文杉だと千年とかなる
そういう時間が長いものには重みがでてくる
住民でもそこに長く住んでいる人は信頼するとなる,コミニュティが形成されてゆく
それがない時代だからこそコミニュティは原発事故があったりすると簡単に崩壊してゴーストタウンになったのである。
それは必ずしも原発事故だけの原因ではないと書いた
その土地に根ざす生活を現代はしていないからである。

いづれにしろ警官自体が転勤してきたよそものであり銀行員もそうであり長くはいないのである。だから土地のことを知らないし愛着もないのである。
知らないからづかづかとただあやしいというだけで地元に長く住んでいる人でもあやしいという通報だげで土足で入りこむようにかかわる
通報した人にも問題があるがやはり正当な理由もないのに権力を乱用してはいけないのである。
つまりそこに長く住んでいる人にはそれなりの権利が生じているのかもしれない
転勤とかよそ者を別に拒否するわけではないがそこを分けるべきなのかもしれない
そういう場でづかづか警察権力を乱用すると田舎の平和が乱されるからだ
農民だったら草分けは尊重された,最初にその土地を開いた人である。

鹿島区でも会社の社長は東京からくる,その社長は地元に住んでいないのである。
すると地元の愛着はない,ただ地元で人を使い社長は東京で暮らしていたのである。
それで社長だから給料は高いのである。それせ何か不自然なのである。
東電の社員でもそういうことがあった,地元にずっと住んでいるのではなく一時的なものとして住んでいた
もしずっと長く住んでいると原発が事故になったら被害が及ぶから考える
でもまた地元から離れたりするから転勤する人は転勤した人にはない
そして本社が東京にありフクシマの所長と事故のとき意思疎通ができなくなっていたのである。
それは本社が東京にあったからである。地元にあったらそういうことはないしもっと真剣に安全を考慮したかもしれない,
なぜならそこに長く住むからである。

今はそういうことはない,新参者の方が威張っていることもあるし力があったりする
金があればどこでも威張れるとかなる,そこにまた問題が生れている
そうなると田舎はそれだから嫌なのだとなる
それもわかるのだが今回の駅での自分の問題でも困ることにもなる
警官自体がよそものでありそのよそ者が権力をもっているから田舎の平安が乱されたからである。
村でも庄屋でもなんでも権力をもっていた人はいた,でもその人は村の事情を知り尽くしているからもめごとでも丸く治められるということはあった思う
警察権力はそういうものではない,村の田舎の事情など考慮しないのである。

昔から日本では長いものに巻かれろとかあるから別に今だけのことではない
ただ現代はまたそういう社会ではない,自由社会であり民主主義を追及している過程にある,警察にかかわりたくないというのはわかる,自分もそうである。
スネに傷もたない人はいないからである。
でもそうしていると自由や地元に生きる権利すら侵害されて生活もできなくる
この辺では原発事故で同じようなことを経験しているのである。

現代社会は法律がすべてであり法律で解決しようとしても実際はできない,そして泣いている人は大勢いる,だから法律も万能ではないのである。
警察は上級国民の見方であり弱いものの味方ではない,だから東電の幹部すら未だに罰せられない,東電は検察の天下り先になっていたからである。
今回の問題も原発事故でもそれは何か現代社会の問題を浮き彫りにしたのかもしれない,あんなに簡単に町自体が村が崩壊してしまうことはイメージもできなかった
それはどうしても原発事故だけの影響ではない

そういうことが起こりやすいのが現代社会なのかもしれない,だから今度は大規模な大都市でも一挙に崩壊してくることが起きるかもしれない,外からの攻撃かもしれない,
ミサイル一発でも東京でも崩壊してしまう恐怖がある:また大地震でも何か原発事故でもそうである。そういう社会に住んでいるということである。
そして文明自体が崩壊するということもありうる,この辺ではそれとにたことが起きたからである。治安が乱れるのもその一つなのである。無法状態のようになるかもしれない
そういうことが一見平和であってもやはりこの辺のように近未来に起きてくるかもしれない,その危機感がないだけであり突然なるのがこの辺を見ればわかるのである。

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/180793246
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック