2017年08月29日

公職中の警察官の動画や写真をとれる (肖像権はない,回りの人が写るとある)



公職中の警察官の動画や写真をとれる

(肖像権はない,回りの人が写るとある)


警察官の横暴・暴挙 神戸市

これも警察に抵抗するには参考になる,執拗に警察官の動画を撮っていた,それでやめろと恫喝された,でも撮っていた,その理由が公職中の警察官の動画や写真はとれる
肖像権がないとして撮っていた。
そして警官に恫喝されたことを盛んに言っていた
この人はNPO法人なのである。ちゃんと認可もされているから強い

まず相手の警官の階級とか氏名とかを知り動画か写真に写す,なぜならそれが証拠になるからだ,その証拠がないことには裁判では戦いないからである。
この人は法律に詳しい,ここまで知っている人は少ない
法律はやはりその現場で問題が事件があった有効に働くかどうかである
実践的なものとして利用しないと身につかないのである。

自分もここまでは知らなかった,一般の人も知らない,この人はマスコミに匹敵して
個人でもこれだけ警察官を追い詰めていることに驚く
なぜ動画に写されることこれほど嫌うのか?
それは証拠になるからだ,警察官の横暴を訴えるに証拠がないとできない
そして肖像権が警察官にはない,公職中ならない,公務員もない
この法律を知っている人はなかなかないだろう
みんなまず警察官は怖がるからである。

必ず一方的に恫喝してくる,それで怖がりこんなこきとまでしない
ただここまでできるのかという驚きがある
こういうとき法律が役にたつということを実感した

インターネットにもいろいろ問題があるが市民の武器でありマスコミの代わりをしていることがわかった,マスコミでもこういうことをなかなかしない
誰が警察官の横暴をとめるのかとなると市民しかない,しかし市民でもその武器がないとできない,それがインターネットでできるようになった
その人は世界に発信するというとき世界の人も見ているとなるからだ
日本の警察は何なのだとかなる,中国の警官の横暴もある
日本よりひどいだろう。中国ではここまでできないだろう。

八戸の警官に職務質問したのもそうだがこの動画も警察官に抵抗するには相当に参考になる,必ずカメラを携帯して職務質問されたら相手の名前階級などを聞き身分を明らかにする,そして動画や写真をとるのである。
それが証拠となるからだ,でなければ後でそのことを証明できないからである。
それをインターネットで公開もできる,結構を見る人がある
だからインターネットはマスコミの代わりにもなるのだ

でもここまでやれる人はなかなかいない,田舎ではこういう知識をもつ人がいないかもしれない,どっちも八戸であれ神戸であれ大きな都会である。
この辺が違っているかもしれない

警察に対抗するにはカメラとインターネットと法律だ!

これが言えるかもしれない,何か他に見当たらない,相談する場所もない,公安委員会などでもよほどのことがないかぎり取り上げないだろう

その前に証拠がない限り警察でも検察でもとりあげないのである。
だから裁判では常に証拠,証拠になる
そして犯人も必ず証拠をだせとなるのが現代の社会である。
だから領収書とか何か常に証拠になるものを持参していないとどんな犯罪にあっても大きな犯罪でも警察はとりあげないのである。殺人などになると別だと思うが他の事件はそうである。

現代を生きる術を知らなければならない,そのために知識が必要になる
ところが学校ではいかにこの社会を生きるかその生き方を教える場所がないのである。
そこでただ一方的に警官にでもその抵抗の方法がわからないから泣き寝入りになる
この人は若いように見えて50近くになっていたから驚く
なんか自分は社会やいろいろなことがわかることが遅すぎたのである。

社会のことを知らないで生きられていたからである。それも自分でも不思議だと思う
ニートなど社会を知らない人達はこれから必ずひどいめにあう
社会経験がないからそうなる
法律も大事だがその元となる社会経験がないと結局法律も利用できないのである。
法律といっても膨大でありそれらをいちいち知ることは不可能だからである。

ただやはりインターネットは民主主義を促進する力となる
マスコミにできないことをこうして個々人が補うことができる
やがては個々人がマスコミの代わりになってゆくかもしれない,その途上にある
これは具体的な法律の勉強になる,こういうのだとわかりやすくなるのだ。
具体的な実践的な例だからである。

インターネットによって個々人も放送する権利を獲得した
インターネットだと新聞社とかテレビ局とか出版社とか通さなくても発言できる
それは大きな権利である。なぜならそういうものを通すと新聞社でもテレビ局でも
俺たちを通さなければと何も言えないのだとなるからだ
現実にそういうことで今までマスコミは力をもっていたのだ
議員でもテレビで顔を売れば票が増えるとかいろいろあったからである。
インターネットではなかなか顔を売れないからだ
人間の社会は歴史は権利(right)の追及である。

権利はライト(right)である。正しいことが権利になる
だから権利を獲得することはそれにともなって正しいことを追及することである。
そして権利をもったらそれを乱用はできない
それは警察でも同じである。強大な権利を権力をもたされた警察は勝手にその権利と権力を乱用してはいけないのである。
それが警察の場合はまかりとおっている,それを諫めるものがないのである。
司法と行政と議会と三権分立が民主主義の基本としてある
この仕組みが日本ではうまく機能していないのである。
だからこそ警察の権力が肥大化して横暴になっても諫めるものがないのである。
三権分立は機能していないのである。
だからこそ自治体を焼け野原にしてしまうぞと愛知県警に脅されていることでもわかる
ここまで言うこと自体,いかに日本では警察の権力が検察でも大きくなりすぎているからである。

民主主義は戦ってこそ獲得できると言われる,日本は戦後おしつけられた民主主義である。
だから民主主義は成熟していない,民主主義は常に市民が権利を獲得する戦いなのである。
戦いなくして権利は獲得できないのである。
インターネットは民主主義を推進するものとしてある
これも問題があるにしろ個々人が武器を手にしたことは大きいのである。


肖像権とは

人格権に関しては、「公権力が『正当な理由無く』個人を撮影してはならない」とする最高裁判例が存在する

報道写真のように公共目的の場合、あるいは政治家[12]や公務中の公務員、芸能人[12]のような公人に関する場合であっても、肖像権は存在し得るが、撮影の目的や場所、様態、必要性などを総合的に勘案して、それが肖像権を侵害しても良いとされる限度であるかどうかを判断したうえで[13][14][15][16]撮影を行えば、一般に違法性はないと考えられる

肖像権も解釈がいろいある

今は写真の時代である。そしてインターネットに膨大な写真がアップされている
だから著作権とか肖像権とか知らないとまずいとなる
インターネットは公表することができる
でもそうなると責任が生れる,そのために法律の勉強が必要になる
個人が大きな武器を手に入れたのだがそれとともに責任も生じている
だから法律を知らないと危険になってくる
インターネット自体がまだ成熟していない,だからその利用方法がわからないのである。
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