2017年09月19日

文明は滅び生態系は残る (原子力文明は生態系を破壊し滅びる)


文明は滅び生態系は残る

(原子力文明は生態系を破壊し滅びる)


文明とは何かというとき様々な見方がある。だからいちがいには言えない,でも幾多の地球上の文明は滅びたのである。

文明を作ったものは人間である

生態系を作ったものは神である

文明の象徴としてエジプトのピラミッドなどがある。エジプト文明は三〇〇〇年つづいたというから寿命が長かった,その寿命が長いのはもともとエジプト文明はナイルの賜物というとき生態系に依存して作られていたからである。
その生態系を壊さないように作られた文明なのである。
だから今になると様々な動物が神になっているのはそれは生態系の中でこそ動物は生きられる,生態系が破壊されたら動物は生きられないのである。
農業は生態系に依存している,そしてこの辺で鷺が一時いなくなった
それは田んぼがなくなったからである。田んぼには鷺の餌となる蛙とかがいたからであるその田んぼが回復したとき蛙も増えて鷺も増えたのである。
そして元のように川の竹藪の所に鷺の塒ができてコロニーが回復したのである。
飯館村では田んぼもないから蛙もいてもわずかだし鷺もいないとなる

生態系があって生物は生きられる,人間もその生物の一種だから生きられる,ただ現代はその生態系が文明の系統になっている
東京など大都会には田んぼもないし土も見ることもできない,だから生態系とは関係なく存在しているように見える
時々ダムの水が渇水状態になったとき水がなくなるということで生態系に依存しているということを意識する,でもなかなか大都会では生態系を意識するということができない
でも上流の水がやはり放射能で汚染されたとき生態系が汚染されたということを東京でも意識したのである。

生態系が破壊されたら文明も滅びる,なぜなら文明は人間の知恵で作ったものであり生態系は神の知恵で作ったものだからである。
人間は絶対に神の知恵を越えることはできないのである。
たからこそ人間の知恵で作った文明は滅びるのである
不思議なのはマヤ文明でもピラミッドに神殿が森に埋もれてしまった
同じように原子力文明も森に埋もれるというのもにている

チェルノブエリでは森が復活してヘラジカがもどりそれを餌とする狼がもどってきたのである。田んぼが復活して蛙が増えて鷺がもどってきたのとにている
ただ放射能汚染で怖いのは遺伝子が損傷すると次の代からさらに次の代まで影響するとも言われる,それはどうなるかはわからない未知のものとしてある。
原子力,核の恐ろしさは生物の種を絶えさせるとかなることにある
もうそうなるとその土地には人は生きていけないのである。

文明とは何か?それは人間の知恵で作ったものであり人間が神のごとくなることである。
神のごとくなるとはどういうことか?原子力文明では科学者が神のごとくなることである
マヤ文明ではやはりテクノクラートが天文学の高度な知識をもったものが支配階級になっていたのである。
文明が崩壊するとは滅びるということはどういうなのか?
マヤ文明は何か最後はカルト宗教のようになり迷信的になり滅びた
それはそこに知の限界が生じたからである。
原子力でも人間では操作できない,知の限界が生じたのである。
人間の知恵で作ったものが崩壊して滅びるということである。
ただ生態系に依存した文明は農業文明は長寿になる
でもその上に築かれた文明は崩壊して滅びているのだ

そして資本主義は農業に関しては土地に関してはなじまない通用しない,物を効率的に製造するようにはいかないというとき農業は生態系に属しているからである。
生態系を離れてありえないのである。資本主義は土地の生産性をあげようとしても生態系に依存しているからできない,二十日大根があるとすると大根を早く作ろうとしてもできない,それは土という生態系に依存しているからである。
資本主義もまた反生態系であり資本主義が生態系の環境を破壊するというのもそのためである。経済をすべてとする原理は生態系とは相いれないのである。

原発事故は原子力文明の崩壊現象が起きたのである。
なぜなら原発を支えてきたのは科学者であり政治家であり官僚でありマスコミであり今の支配体制を作るものが一挙に崩壊したからである。
その誇りも砕かれたからである。
それられの人達は国家を形成するものたちでもあったからだ
だから国家自体の崩壊現象が起きたのである。

つまり必ずしも国家と生態系は今や一致しない,江戸時代あたりの農業社会だったら一致していた。これだけの科学と技術とか大規模な経済をになうとなるともうそれは今までの農業文明などとは桁の違う世界に生きているのだ
この辺では国家権力によって地方の生態系が破壊されたのである。
国家権力が地域を破壊する,地域の生態系を破壊するのである。
それは一種の人間の奢りに対する神からの罰だったともなる
それはギリシャ神話時代から指摘されていたことである。

人間の知恵で作った文明は滅びる

神の知恵で作った生態系は残る

ただ神の知恵で作った生態系も実は完全ではない,弱肉強食の世界は神の御意にかなったものではないから是正されることを聖書では説いている
いかなる文明も砕かれその誇りも砕かれる
これからもそうである。AI文明人工知能文明だろうが何かの原因でつまずき崩壊する
AIといったってそれもしょせん人間の知恵で作ったものだからである。
神でもなんでもないからである。

人間はいくら努力しても理想社会は生れない,人間の知恵では作れないからである。
最終的には神による天国の創出であり神の業による天国の形成である
だから人間の知恵ではできないのである。
いくら文明が発達したといってもただ実際は変化しただけであり人間の心は罪に汚れ変わっていないのである。ただその形が変わっただけであり人間の悪はぬぐいされないのである。機械が発達すればその機械で悪いことをする人がいる
核を発明すれば核を悪いことに使い核戦争になり人類が滅びるとなる
いくら科学技術が発達して人類には平和は来ないのである。
そこに人間の限界がある。その限界の故に必ず文明は滅びてきたしこれからも滅びるのである。
posted by 老鶯 at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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