人工知能化する人間
(膨大な情報処理が強いられる)
人工知能という時,人間→人工知能(コンピュター化)があり人工知能→人間化がある
その双方向で今は進んでいる,パソコンとかインターネットを使っているのはすでに人工知能化しているのである。
膨大な情報からキーワードで調べているのはコンピュター化している人工知能化しているのだ。
地名などでもそうである。地名をキーワードで調べると全国から様々な情報が取得できるこういうことは今までできなかった,図書館などではとてもできない
そこから知識の世界が飛躍的に拡大したことになる
それは人間が人工知能化コンピュター化していることなのだ
この手法だとわかったことは大量の情報を知り読むことが世界を拡大することになる
今ままでは本をどれだけ読んでいるかが知識の拡大方法だった
でも地方だとまず専門書自体が買えない,小さな本屋しかなく結局ベストセラーなどが百万部も売れた時代があった,それは冠婚葬祭のくだらない本だったのである。
そんなものでも百万部も本屋に置けば売れた,本屋に置くこと自体がすでに売れることだったのである。本の数がそれだけ少ないからである。
今や膨大な本が古本をふくめてボタン一つで買える
それでわかったことは自分は前より本を買っている,一カ月で十数冊以上買っている,
でも深くは読んでいない,さーと読んで要点をつかみ自分が書くものに引用しているのである。なぜそういうことをするようになったかというとある程度金に余裕ができたのと
まず高い本は買わない千円以上の本は買わない,そうすると本の数を買えることになる
古本は安い,古本でもいいのがある。それでまにあうとなる
本は人によっていろいろな見方がありそれを知ることができる,人間は職業が違うと理解できなくなるがいろいろ経験した人が書いているから参考になる
警察にいた人が書けば警察のことはわかる,外部から警察のことはわかりにくいからである。それからその地域に住んでいる人はその地域に詳しくなれるのは当たり前である。
自分はだから郷土史研究でそれを書き発信した
郷土史とか歴史関係は土地と結びつきやすいから参考になった
知識の世界ではもうインターネットとコンピュターで人工知能化しているのである。
つまり膨大な情報を処理して見解を述べる,それはAIの方が優れいてるというときそれは人間一個の調べたりする情報よりその量が膨大なになるから人工知能の方が人間より優秀だとなっている,その手法を人間でもする,情報量を多くしてその要点をつかみ引用して書く,ただ人間の場合はどうしても限界がある
でも人間がやはり人工知能化しているからそういうことをするようになる
そういう環境が生まれたからそうしている
一方で人工知能の人間化というのはむずかしい作業である,人間と同じようなロボットを作るのはむずかしい,人間とコンピュターの相違がある,コンピュターのの得意なものと苦手なものがありただ苦手なものでも画像認識などで高度になり人間に近づいてくる
コンピュターが自ら考えるというか作りだすものとなると人間ににてくる
ただコンピュターを人間化することはむずかしい,でも人間がコンピュター化,人工知能化している
自分がしている抽象画は極めて現代的なのである。それができるのはなぜか?
膨大な画像が写真でも絵でもありそれを変形して生み出しているのである。
それはインターネットが生まれてできたものである。
コンピュターのソフトがあって生まれたのである。
こういう芸術は今までになかった,もちろんそれがどれほどの芸術性があるかはわからない,でもアメリカの人達が一定数見ているからそれなりに評価されているとなる
全く絵の才能もない自分が絵を作り出している不思議がここにあった
人工知能は人間から仕事を奪うとかいろいろ言われるが人間の知能の拡大増幅補強なのである,これによって学習も飛躍的に進歩する,もちろん人工知能といっても万能ではないあくまでも人間を補強するものである。
ただ絶対に人工知能はロボットは人間になることはできない,人工知能からロボットが人間に近づける作業をしても人間にはなれない
ただ補強してくれるのである。例えば医療でも弁護士でも教育でも警察の職務質問でもなんでもケースバイケースであり個々人によって対応が違ってくる
警察でも権力にまかせて何でも職務質問すればいいというものではない,それで甚大な被害が受ける人もでてくる,田舎だと職務質問されるところを見れらるとあいつはあやしいとなり駅にすら出入りできなくなったからである。
それもケースバイケースに対応できないからである。
人工知能ではとてもそうしたケースバイケースには対応できないのである。
ただ強力に補強してくれる道具なのである。
人工知能というとき何でも人間に代わってしてくれるものだと思っている
そして人間がいらなくなるとかいうがそうはならないのである
例えば俳句を作るとき季語があるがその季語のキーワードで調べて創作するということがある,そこに膨大な俳句を引用できる参考にできるからである。
他の知識でもそうである。膨大な量の知識から必要なものを取得することができるからである。
学校で勉強するというのも終わりになるかもしれない,なぜなら人工知能化の世界では
学校という一つの定められた閉鎖的空間での勉強方法では一人の先生に教えられるというのではない方法がとれるからである。
個々人にあったペースとかで好みにあったものでできる環境が調うからである。
ただ学校とかはそれ以外の機能がある,友情を育むとか何か人間的なものをチームで共同で行うとかすることで社会生活を送るための人間関係を学ぶとかある
知識だけが強調されるがそういう人間的なものは学ぶのが次代の学校だともなる
それは学校というのではなくクラブとか武道の道場とかがそういう場を提供するようになるかもしれない。
でもそこでは今までのような知識偏重にはならない,知識は人工知能から学ぶともなる
いづれにしろ人工知能でもあくまでも人間を補強するものであり人工知能がロボットが人間になり人間は必要なくなるということはない
もし人間が必要がなくなるというときその人間の仕事か実際はロボットでもできるように部品化されたものとなっていたからである。
そういう仕事はどんどんロボットがするようになるのである。
お手伝いさんでも皿洗うだけらなら機械化できるようになる,でも他にもいろいろな仕事がある,花を活けたりすることもある,美容師でも生け花を習ったりするのは美容室に花を飾ったりするからである。人間の仕事は一つのことに特化することはできない
何か幅広いものとして仕事がある,会話をするとなるとやはりその仕事だけではない,他の話にもなりそこで経験とか知識とか教養が必要になるのである。
でもビジネスマンとかサラリーマンとかなると文化的なもの文芸などの話はできない,それは職人でもそうである。ただ専門の仕事の話しかできないのである。
ただ現代になるとその仕事が多様だからとても話を合わせることができない
科学の時代でも科学に弱いと現代では相当に不利である。
でも科学の知識はもう不可欠の時代なのである。
この辺では原発事故で否が応でも放射能のことを最低でも知らなければ生きられなくなったからである。
そうして膨大な知識に対応できないということもある,情報でもグローバル化しているからそうである。だから現代を生きるとういことはかむずかしいから鬱病にもなるのである
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