2017年10月12日

権力が闇を作る-陰謀論になる (権力によって真実は隠蔽される)


権力が闇を作る-陰謀論になる

(権力によって真実は隠蔽される)

いん ぺい  【隠蔽・陰蔽】

ある物を他の物で覆い隠すこと。見られては都合の悪い物事を隠すこと。 「陣地を−する」 「事実を−する」 〔類義の語に「隠匿」があるが、「隠匿」は隠してはいけないものをひそかに隠す意を表す。それに対して「隠蔽」は都合の悪い物事故意に隠す意を表す〕


なぜ陰謀論になるのかというと権力のことがわからないからである。一体誰が権力をもってそれを実行できるのか?
これが庶民にはわからない,だから江戸時代の時代劇でも役人がいてその背後さらに大きな権力をもつ上役がいてその人は表に出てこない黒幕としてある
闇の中に本当の権力をもった人がいるとる

世界的になるとさらに一体この世界を動かしているのは誰なのか?
それはさらにわかりえようがないのある。
するとロックフェラーだとロスチャイルドとかユダヤ人だかといろいろ陰謀論になる
最後には遂に不可解になりそれはサタンであり悪魔がこの世を支配しているとなる
サタンに操られているのがこの世だとなる,陰謀論の帰結はそうなる
なぜならその闇の主とは誰なのか?それはサタンだとなるのだ

そもそもこの世で権力をもつ力を持つものはサタンに魂を売ったものだと言うときそうなる,キリストはそれでこの世のものをサタンから与えると言われたとき拒否した
でもたいがいはサタンの申し出を拒否したりしない
人間には欲望がありその欲望故にサタンに操られるのである。
もし人間に欲がなかったらサタンも無力になってしまうのである。
人間に欲望があるからサタンはこの世で王となっているのである。

カルト宗教団体などは宗教を装っているがサタンに魂を売った団体である。
悪魔に魂を売りそして自分達の欲望を達成するための団体である。
宗教というのはその仮面なのである。
創価などは目的は権力をとり自分たちの欲望を達成することを目的としている
もう毎日選挙のことしかない,拝むのもフレンド票を得るためである。
その票をもって権力にかかわり社会を動かすためにだけある
その数でもって権力をもち恐れさせるのである。

宗教だと罪の恐れだとか良心の呵責だとか関係しているがそういうものは一切ない
一票とることが至上命令でありそれで成仏するとまでなっているからカルトなのである。
他でも宗教団体はそうして悪魔に魂を売っている団体なのである。
宗教も悪魔にのっとられているのがこの世なのである。
第一そんなに大勢の人が入っていることはすでに俗化している
大衆化している,そこでは崇高なものを追及することなどありえないのである。
だから現代のカルト宗教団体から崇高なものは何も生まれない
ただ政治化経済化しているだけの宗教とは何の関係もない団体である。

平安仏教などは貴族の仏教として批判されるがやはりその時ですら何か世俗を離れたもの崇高なものを追及するものがあった,平安仏教という時代があったからだ
それはやはり一つの文化を形成したのである。鎌倉仏教でもそうである。
その後江戸時代になると仏教は武家の付属品となり役所と化して死んだ
江戸時代をみると平安仏教とか鎌倉の武士の仏教文化とか何か残したものがないからである。ただ死者の供養となり侍の菩提寺となっただけである。

なぜ権力が闇になるのか?
原発事故を追及してきたが政府と東電は10メートルもの津浪が来ることを科学者が予想していたのである。それで政府は対策をしなかったから事故になったと賠償請求の裁判で勝訴した。
そうして権力によって肝心なものが隠されているからこそこういう問題が起きた
もし10メートルもの津浪が来るということを公にして問題にしたらどうなったのか?

津浪でそのことを知っているからいち早く逃げて多くの命が助かった

なぜならこの辺では津浪が来ないというのが確信とまでなっていたからである。
だから何か隠すことが権力者にとっていいことのように見えるが実は違っていた
そのことを公にしていれば多くの人命を救ったとまでなったかもしれないのだ。
ところがそれを隠したのは津浪対策をしたくない,金がかかるからしたくないということで隠していたのである。
何か権力を持っていると不利なことは隠せる,ところがそれが甚大な被害になる

報道関係もそうした権力をもつものが隠したものを暴くのが仕事なのだけどしなかった
結局権力に従うだけの機関だった,福島民報でも50パーセントが県が出資する官報にすぎなかった,何の自主性もないのである。
聖教新聞を刷っているいるし東電から宣伝費ももらっていたから何も追及しない,ただ原発推進になるだけだったのである。

権力は闇になるというとき一党独裁になるともう権力の闇を追及することはできなくなる阿部首相がそうである。自分たちの仲間だけにその分け前を与える,国の財産を与える
そういうことができてしまうのが権力なのである。
警察も権力側につくからさらに権力は闇化する
警察も正義の味方などではない,その権力も闇なのである。
天皇の権力も闇でありそれを批判するものもいる
それは誰が本当に権力をもって動かしているのかわからないからである。
江戸時代の時代劇のように頭巾をかぶって黒幕は顔をださないからである。
だからこそいろいろと陰謀論になるのである。

そしてこの世からそうした闇が払われるのか?
それは永遠にない,それはこの世が滅びてからしかありえないのである。
人間は欲で滅びるというとき人間から欲がなくなることはないからである。
そこにサタンはつけいってくるからである。
金が欲しくない人間もいない,すると金に支配されるのである。
その金をもつものがロックフェラーだとかロスチャイルドとかユダヤ人だとかなる
今の世の中を支配するものは昔と違って武力ではない,金になっているからである。
だからドルが世界の通貨となっているとアメリカが世界を支配しているとなるからだ
ドルはアフリカの果てから砂漠の果てまで通用するからである
つまりアメリカの支配の力は軍事力だけではないドルが世界で通用するとういことにもある

世界中が何でも金で買えるとなる時代である。それで中国人で一人っ子政策で女性が少なくなり結婚できない男性が苦労していた,大金持ちだったら若い子でも寄ってくる結婚できるとなげていた,女性でも要求するのは金だけだとと言っていた
それは世界的にそうなってしまっているのである。
人間の関係が金しかなくなっている,男女の関係でもそうである。
別にその男性は金がないわけでもない,ある方である。でももっと金持ちの人がいるから大金持ちだったら若い子がよってくる結婚できると言っている
金だけではない別な基準があってもいいはずだが現実にはない
若い人はもう金だけの世界になると贅沢すると貧乏したくないとか遊びたいとなる

共産主義とか社会主義の価値観はもともとそういうものではなかったはずである。
結局資本主義的価値観の世界になっている,金があれば何でも買える,人の心も買えるとまでなっている,それはまたサタンに支配されているともなる
金を否定してみても現代を生きるのには否定できない
金があると実際に心にも余裕ができる,金がないと余裕ももていなのが資本主義社会なのである。
第一困ったとき金がないと助けるコミニュティも今はない,隣近所も助けるなどしない時代である。家族すら金の関係にもなる,そういう社会はまちがっている
金は否定できないにしても何か人間的価値観をとりもどし追及すべきだとなる
そういう変換点に来ているのが現代なのである。

ベーシックインカムなどは思想としては理想としてはいい,現実に自分は実行している
その人は家に来てすることはほとんど何もない,家事は全部自分がしているからである。皿洗うとしても二三枚であり一日おきなのである。
していることは小さな畑である。そこで毎日草むしりしている,なにやかにやとある。
そこにも金がかかり収穫はわずかだから他人に与えるものなどない,自分もキュウリ二三本しかもらっていないのである。
ただその人がしたいことは家事ではない,畑なのである。それで金をもらえるから自分の家に来ているだけである。
それは自分がベーシックインカムを実行しているとなるのだ
ベーシックインカムとはその人がしたいことがあればする,したくなければしないともなる,では誰も働かなくなるのかとなるとそうでもなき,その人は草むしりなど不満を言っても畑仕事が好きだしする,そしてその人の価値はまさにその畑仕事をすることにあった畑仕事しないとしたらその人の価値はないとなる

社会に余裕がでてくればベーシックインカムが具体性を帯びてくる,それも理想だけどみんな社蓄だとか奴隷だとか言って働きたくないのに働くのは健康的にも良くないし社会的にも暗くするのである。それは働きたくないのに働いているからである。
畑仕事している女性は文句は言っても農業が好きだからしているのである。
ただそれでは金にはならない,でもベーシックインカムだったらできるとなるからだ
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