2018年01月13日

非正規雇用の問題 (一年の内に半年も仕事がないのか?)


非正規雇用の問題

(一年の内に半年も仕事がないのか?)

その人は建築関係の仕事である。年齢は40代くらいだろう。去年は3ケ月くらい働いていない,その後仕事探していわき市の方に勤めた、前はこの辺で除染関係の仕事をしていたその時は近くだから楽だった
その仕事を終わってまた別な仕事を探しまたせっかくいろいろ書類をそろえて正式に勤めたのにまた仕事がないと6月まで仕事がないからその母親が金を援助てしくれという
その女性にはいろいろあってずいぶん援助してきた
でも遂に限界に達した,前借りから何かと金を要求されるから限界になった
事情があったときはやむをえなかったが限界になった
そんな親子とつきあっていて金払っていたらきりがないからだ

確かに母親は67才くらいと年でいつも腰痛い痛いと言って皿二三枚やっと洗って終わりである。それはもう必要ない仕事である。ただ事情があってさせていたのである。
非正規の問題はそうして途中でブランクができてまた別な仕事を探すことである。
これは手間になる,建築関係とか土木関係はそういうのが多いからしかたがない面があるでも建築関係でも正規に勤めている人はそうではない,その人の兄は同じ建築関係でも
家族を養い足場を組む仕事をしているのである

だから非正規とかなっている人はその時の社会の事情があり氷河期で就職できなかったとかあった,でもそれを全部社会のせいにはできないだろう。
現実にその時でも正規になって働いて来た人はいるからである。
とにかく非正規はこうして一年の内半年くらいブランクができることが問題なのである
その人はその間に何もしないというのではない,手間賃をもらうような仕事はしていた
でも去年もそうでありまた今年もまた半年も働かないのか?
仕事がないとはこの辺では言えないのである。
全国でもそうである。どこも人手不足で苦しみ会社自体が倒産したり起業できなくなっているからだ

特に原発事故周辺はみんな人手不足で困っている,特に病院とか介護関係で困っている
飲食関係でも募集しても時給1000円以上になっても来ないのである。
だから働く場所が仕事がないから困っているということはないのである。
ニートとかフリーターとかの問題を取り上げたけどこの辺の事情が違うし人によっても事情は違ってくる公式のように社会の問題をあてはめることはできない
この辺では働いてもらわないとみんな困るし復興もできないのである。
それで原発避難者が毎日パチンコでありギャンブル指定ことが避難されるのは当然だったのである。それは被害者だからしかたがない,かわいそうだだけでは許されないことだった,今でも今度は浪江町の人達が遊んでいるけどこれもやはり問題になる
浪江町の問題は不思議は南相馬市に特に原町市に5階建ての団地ができて浪江町の人が入った,原町には何千人と入ってきている
でも南相馬市民ではないのである。浪江町民であり南相馬市民として税金も払っていないのである。そのことが問題になった
そして小高の人達と同じように補償金で働かない人が多数なのである。
老人が多くて働けないとういことがある

いづれにしろ働かない自分がなんか言うことはまた考えてみれば矛盾しているともなる
それで自分は反省すれば自分にはそもそも人を雇う資格がなかったともなる
第一自分には人を雇う経験もないし人を雇うことがどういうことかもわからなっかた
それで大金を盗まれたり次は次々にただ金を要求するだけなのかとなる
そこには事情があってもなぜそうなっているのか?
こういう事態になっていればこの辺ではニートとか働かない人は責められて仕方がない面がある,人手が足りなくて困っているのにパチンコ屋で毎日いりびたりで遊んでいたり他に何もしない仕事をしないということは責められる立場にある
すでに事故から7年も過ぎようとしているからである。

結局労働問題になると生活保護であれ非正規であれ確実にその人の資質とか自己責任はある,ただそれが百パーセントあるとはならない,社会の責任も回りの責任もあるからだ
ただ全く全部社会の責任とはならないのである。
どうしてもそういう人達は怠け者が多いとなる,それが別に他人に迷惑をかけないならいいのである。では仕事あるのに働かずに他人に要求してくる
あいつが金があるからせびればいいとかなっている
そして自分自身も問題があり人を雇う資格などなかったのである。
今になれば自分で家事も全部できるから人など雇う必要がない
人を雇うということがどれだけやっかいなものかわかった
そういう資格のある人はできる,また組織として人を雇うシステムがあり伝統があるとかなればできる,一人の普通の金持ちでもない人が人を個人的に雇うことはその雇う人に問題があったのである。
それは自分のことである,自分など仕事もしていないし会社勤めもしていないし人を雇うことがどういうことかもわからない,だから人をたいした金でもないにしても雇う力量も資格もなかったとなる
ただやむをえない事情でそうなったのである。

だから自分はそんな非正規社員で一年の内半年も働かないで金がないからと自分に要求されては困るのである。それは社会に対してもそうである。
今は現実に人手不足でありいくらでも仕事がある,特に原発事故でこの辺は人手不足で困っているからだ,そしたら正規に勤める場もある,近くでもある
それは町を復興させるためにも必要なのである。
67才で今は働いている人もいる,だから67才でも何か病気でない限り働けないということもない,何か市町村のために働くことはある
結局非正規とかフリーターとかニートとかは現代の豊かさから生まれたものである。
でもそれを個々に事情があるからわからないが全部は是認できない
特にこの辺ではみんなで働いて復興しようとしているとき許されないものとなっている
全体的にそうしてここで働かない働けない人が多すぎるのである。
そうなるともう市町村自体が成り立たなくなる

ただ何が優先順位になるかはわからない,葬儀屋などは自分の価値観ではそんなに重要な仕事なのかとなる,でもそれも重要だと社会で位置づける場合もある
ぎりぎりになれば飲食業でも外食はしない,家で食べていろともなる
金があっても人手がないのだからできないともなるかもしれない
でも外食できなくても死ぬことはないから他の病院のようなものだけは人手不足では困るからそっちに働くことを優先するとかなる
人間はぎりぎりになればそうして働くことを強いられるのである。
この辺はそういう事情があるから他とは違っているのである。

タグ:非正規雇用
posted by 老鶯 at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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