2018年01月19日

余裕なき社会は他人を思いやることができない (格差社会で金持ちも危険になる)


余裕なき社会は他人を思いやることができない

(格差社会で金持ちも危険になる)


自分のことばかり書いて恐縮だが自分に起きたことはやはり社会にも起きるし現代の社会現象なのである。
金の社会だというとき今だけではない,金のために日夜ある,金が頭から離れる時はないそういう社会に生きている
結果的にどうなるのか?余裕がない社会になる

事業失敗した人は借金している人はまず余裕などもてない,なんとか借金を返そうとそれしか頭にない,金ことしか頭にない,すると相手のことを思いやることなど微塵もない
ただ金をとってやろうとういう考えになる,それが極端になると盗むとなり犯罪になる
現実にそういう目に自分はあってきた

貧困社会になるとそういう余裕がない人が巷にあふれることになる,するといくら金をもっている金持ちでも実際は危険になり住みずらい世の中にある
ただ本当に自分の場合不思議なのはそういう目に30年間あっていないのだ
だから他者がそんなに困窮していたのかと驚きなのである。
社会と人と接しないでそれなりの財産があって家族が守ってくれればそうなる
ただそうなることは本当にまれなことだった
みんなこうして金に追われて追い詰められて生きていたとなる

そういう人と直接接しなければわからないのである。
だから大金持ちでもそんな金に困っている人いたのとなる
マリーアントワネットが「パンがなければ お菓子を食べればいいじゃない」
とかなる
貴族は宮廷で何不自由なく生活している,そうした貧民と接しないから全くそういう人がいることもわからないのである。
結果的にどうなったか,革命がありギロチンで殺されたのである。
その悲劇はまさに全くそういう貧民がいることすら気づかないとういことにあったのだ

自分は20代は苦しんでいた,アルバイトを転々としていたからである。工事現場でも働いたことがある,例えば冷凍庫の中で働いたのは厳しかった,零下20度くらいになっていたからである。あいういうところで働いていると体を壊しやすいことは確かである。
ただ30以降は全くそうした苦労をしていないのである。旅に明け暮れて終わったとなる
だからこそこうして今苦労を強いられたとなる

ただ自分だけではない,政治家でもそうした貧民がいることをじかに接しないものはわからないのである。野菜の値段が上がったといっても無関心になる
総理大臣でも本当に貧民がいるというこをじかに接しないからわからないのである。
金持ちでもじかに貧民と接しなければそういう人がいるということすら見えないわからないのである。どこにそんな困った人いるのとなってしまう
そういう人もまた多いのである。政治家ですらそうだからおして知るべしとなる

自分でもだから意外だったのである。こんなに困っていたのか?
そんな人がいたのかとなる,それでこれまで書いてきたように自分はそういう人達に苦しめられたのである。
まずそういう人達他人のことを思いやることができない,みんな自分が優先になる
自分のことしか考えられないのである。
だからこいつが金があるんだからとればいいしかない,その人が困り苦しんでいても関係ないのである。
それは結局余裕がないからである。他人に思いやりがある人は余裕があるからなのだ
金持ちは貧乏人をかわいそうだねと言えるのは思いやりをもちうるのは余裕があるからである。貧乏人は明日食べるものどうしようとしたら他人を思いやる余裕がないのである。

そして高度成長から低成長時代になると地銀なども余裕がなくなった
それでどうして収入を得るのかとなる投資信託とか株をすすめることになる
それも相手を思いやるのではない,銀行にとって都合のいいものをすすめるのである。
手数料をとれるものをすすめる,相手のことを考えないのである。
だから自分は何度も別に大きなもうけはいらない,少しで増えればいいと何度も言っていたのである。そういう商品はただここの地銀では買えない
東京のメガバンクとかそうでなくても他では用意してある
それは老人用であり定期預金に多少利子がつくような年金的な保険のようなものである。そういう方が老人には向いていたが地銀とか証券会社ではそれではもうけにならないから投資信託とか株をすすめるのである。それは非常にリスクが大きいので理解するのもむずかしいから老人向きではなかったのである。

そういうことは前からあったにしろ現代は地銀のような固い職業もそうなっている
地銀はもう融資先がなく必要もないとなればどうしてもうけるのだとなり切迫してくる
つまり余裕がないから顧客を本当に思いやる対応ができないのである。
それはあらゆる人がそうなっているのである。
ただ金持ちは喧嘩せずとかあり金持ちは余裕があるからガツガツしない
ただ金持ちでもマリーアントワネットのように格差社会がこれだけすすむと危険になる
なんらか貧民の暴動とかが起きてくる,それは自分が経験している
追い詰められた人間は犯罪など恐れないからである。
格差社会の怖さはそこにあった,田舎などでは金持ちは目立つし真っ先に標的にされる
そういう自覚がない人がマリーアントワネットのように多いのである。
そして現実に貧民の反乱が起きて殺されるということまでなる,そして愕然とするのである。それは貴族が貧民のことに関心をもたない,関係ないとしていたから起きたのである。

タグ:格差社会
posted by 老鶯 at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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