2018年02月26日

東風(こち)が吹き春北風(きた)が吹く


東風(こち)が吹き春北風(きた)が吹く

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浜通り東風(こち)に春北風(はるきた)風変わる

山鳩の三羽来たりて梅開く

何励むパークゴルフや冬芒

目覚めれば知らずにふりぬ夜半の雪


時にして春の嵐や時代かな若き命を散らしけるかな


出典新古今集 雑上
「めぐり逢(あ)ひて見しやそれとも分かぬ間(ま)に雲隠れにしよはの月影」

夜半(よは)の月の歌である。ここでは夜半の雪である。
夜半に目覚めたら隣の屋根に雪が薄くふっていたのである。
この辺ではあまり雪は積もらないけど今年は一時積もった
これもいろいろに鑑賞できる,何かこの句が死をイメージする
ひっそりと死んでそのあとに白い雪がおおっているとかなる
この辺では雪はなかなか降らないから雪にたいしてイメージがわかないのである。

今年は寒いから冬が長い,パークゴルフは今日もにぎわっている
とにかく老人が多いからいつもにぎわっている,それは無用な冬芒なのかとなる
何かこの辺では人手不足だけど老人は強いられない限り働かない
今日も駅に杖ついてきた老人が5人くらい見かけたのである。
本当に老人が多すぎるのである

今日は東風(こち)が吹き春北風(きた)も吹いた
今頃浜通りでは海からの東風と山からの春北風が吹く
その東風が原発事故で災いしたのである。
東風が福島市の方まで吹いて放射性物質を運んだからである。
これは本当に不運だった,一月頃だったら良かった
まだ東風が吹かないからである。
そして飯館村があんなふうになったのはショックだった
飯館村は森の国であり森に隠された村だったからだ

近くの梅は開いた,まだわずかである。徐々に増えてはきているがまだまだである。
今年は春が遅い,東風でも冷たいのである。
風というのはその土地特有の風が吹く,だから風土となっている
この風を感じるには車ではできない,風を自然を遮断するからである。
ただ自転車は最近疲れる,節々が痛くなる
だから遠くに行くのが億劫になった
後で筋肉が痛くなのである。
知っている人は腰が痛い痛いと実際はなにもしていない
ただ畑をやる気はある,そこに生きがいを見いだしている
腰が痛くてもやりたいことはやろうとする
自分にとって自転車を乗っているのと同じなのである。


タグ:東風
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