2018年04月04日

浪江の人がアル中で入院する (浪江に帰らないとして一体何をして暮らすのか?)


浪江の人がアル中で入院する

(浪江に帰らないとして一体何をして暮らすのか?)

 東北会病院(仙台市青葉区)に8月から3カ月入院し、先日退院したばかり。52歳の時にアルコール依存症で入院した経験があるが、それ以降は断酒会に入って酒と縁を切っていた。眠っていた病を呼び覚ましたのは、震災による生活の激変だった。

 被災者を支援している「ふくしま心のケアセンター」によると、平成24年から26年までの間に約2万人からの相談があり、その多くが精神的に不安定な状態から身体に異常をきたす「身体症状」や、一時的なイライラ感など「気分・情動に関する症状」を訴えているという。


復興住宅に住んでいる浪江の人と良く合う,その人は陽気な人で大工をしていたという
いつも昼間から酒を飲んでいるので赤い顔をしている
大工をしていたがその道具も親戚の人にくれたとか言っていた
そして知っている浪江の人がアル中で入院したという

この辺でも原発避難者でも昼間から酒を飲みパチンコ屋通いでありギャンブルであり遊んでいる人が多かった,そのことに回りの人は不満だった
自分も介護など苦しんでいたのでそうだった
介護でも優先されたのは避難者だったからである。多額の補償金をもらえたことにも不満だった
それで鹿島と小高は仲が悪くなった,今でもそのことを尾をひいている
お前らずいぶん補償金をもらったのだからいい思いしたのだから今度は自分たちで町を復興させろとなる

男性はそうしてギャンブルとか酒を飲んでいたが女性はかえって仮設暮らしを楽しんでいた人達も多い,なぜなら長屋のような暮らしになり隣近所と親しくなって話するから女性はそれほどでもなかったのかもしれない,そして大金も入ったからほくほくだったということもあった
なにしろ毎日のようにボランティアが来てかわいそうだと応援していたからである。
だから自分たちはかわいそうであり支援されるべきものだという意識になった
だから鹿島とかで回りの人がなぜ支援しないのだと怒りになって分断されたのである。
それは今も尾をひいている

今度は浪江の人達が復興住宅に入った,だから良く浪江の人とあう,それも病人とか老人が多いのである。大工をしていた人も年であり大工をこの際やめたとかなる
浪江の人は帰らないというしではその後どうするのか?
結局補償金とかで暮らして帰らないとなるのか?
何か宙ぶらりんになっている,帰って復興してゆくんだという気持ちがない
たいがい帰らないとなっている,では移住先で何をするのか?
何もせず毎日酒を飲んでいるのか,そして入院してまた迷惑をかけるのかとなる

ただそういう人と接してではその回りの人はどう接していいのかわからないだろう
回りの人の目はあいつらはただ昼間から酒飲んで遊んでいるだけだと見られる
でも浪江は近いから車で通っている人もいる,その人は浪江に帰るためにそうしているのかもしれない,ともかくなにか宙ぶらりんな状態になっている

もし大工をしていた人がここでも大工をつづければ別に問題はない
でもそれができない,年でもあるとかできない,では何をするのだろう?
毎日昼間から酒を飲んであとはやはりパチンコ通いだとかなる
そういうことが回りから許されるのかとなる
もう7年も過ぎているしそんなことがいつまでだらだらつづくのかともなる
農業でも3年していないと体がなまりできなくなるという
もう7年も過ぎたら何もできないとなる
それは宮城県の津浪の被害者でも同じである。
アル中になって入院している

ただこれは退職後の人生が長くなり何もすることがない人が増えたのとにている
それが深刻になったのが津浪や原発被害者である
その解決方法は何かとなるとむずかしい,第一復興といっても浪江の人でもやる気がなくなっている,帰らないという人が多い,若い世代はもう別に暮らしがあるから帰らない
その間で宙ぶらりんになっている人達も多い
それも老人が多いのである。その大工さんは娘とかと一緒に住んでいるみたいだからまた違っている

そもそもではそういう津浪の被害者とか原発避難者とかと回りの人がどう接していいのかそれを現実に感じる,あなたはこうしなさいと言うことも簡単にできないだろう
現実問題としてはそういう生活をしている人を回りの人が受け入れことはないことは確かである。帰らないにしてもそうである。
そして小高の場合は南相馬市民だが浪江の場合はそうではない
だから復興住宅に住んでいる浪江の人が行政に不満を言っていたがそういうことも言えるのかときついことを言えばそうなる
そうした権利とかもあるのかとさえ言われるだろう

ただそもそも復興は誰がするのか?誰が主体になるのか?
そのことが自分には前から疑問だった,いくらなんだかんだと外野から言っても一体復興るのは誰なのか?
お前がなんだかんだいうならお前は復興の主体になれといってもなれない
何もできないからだまっていれという人もいた
それも確かである。だから自分は実際は何も言いたくない
でも小高でも南相馬市であり経済的負担とか市政として直接関係してくる
現実に鹿島に補償金を一時的市の財政から出すときそれに強く反対する原町の人がいたのである。それは同じ南相馬市民だからである。
では小高に今度は復興させるとしてやはり病院とか再開すると市の財政から金を出すことになる,そういう要求があるから無下にはできないのである。
同じ南相馬市民だからである。

結局この津浪被害でも原発事故とかでも回りを全体をまきこむものとなった
第一南相馬市に何千人という浪江町民がいることがそうである。
もう浪江町民だからと分けることもできない,一体となっているし生活でもそうである。つまり原発事故はこうして広い範囲の人をまきこむのである。
自分は30キロ圏外だから原発は関係ないと思っていたのである。
でも30キロでも40キロでも鹿島と相馬市でも実際の放射線量は変わらないのである。
それで相馬市の人は補償金をもらえないから不満なのである。

もう浪江町民だからどうのこうのというより福島県でもその被害にまきこまれている
でもその主体となるのは誰なのか?
肝心の浪江町民であれ飯館村民であれ村長は外に出て村の中では暮らしていない
孫でも学校ができても村外から通わせているのである。
ただいつまでもそうして宙ぶらりんな状態にいることができるのか
30パーセントはそういう状態にある,もう若い世代で帰らない人は帰らない
その人たちはかえってすっきりしている
故郷を捨てたとわれてもそれですっきりしているのである。
別に帰るとか帰らないとか悩む必要もないからである。
問題は宙ぶらりんになっている人達なのである。

復興住宅でも浪江町に住んでいれば別だが町外にありそれも復興しにくい状態にしているともかくそういう人達が現実に身近に暮らしているし関係せざるを得ないのである
ではどうしたらいいのかとなると回りの人でも困惑しているのである。
いつまでも昼間から酒飲んでぶらぶらしていては困るとなる
しかし実際はそういう状態がつづいているのである。

posted by 老鶯 at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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