一度の失敗が致命的にもなる
(回復することができないことも-人間は信頼が大事)
一度失敗したら取り戻すのに二・三年かかります。
事務的なことでもこう言われる,失敗はなんでも尾をひく
失敗にもいろいろある,軽い失敗も大きな失敗もある
まず原発事故のような大事故があるともうその信頼は回復することは不可能である。
科学者が政治家が何を言っても信じられない,マスコミもそうだった
その人たちは「安全神話」を作ったからである。
だから原発にたずさわった科学者でも事故現場に行ってガレキを拾ってこいとネットで言われた
武田邦彦氏などは科学者であり原発の仕事にも従事していた
だから責任があった,その信頼は失墜したのである。
では原発をそれでも海外に輸出するとかするのもわからない,日本で失敗したのを外国に輸出するのかとなる
その信頼を回復することはもう不可能に近い
確かに一回くらい事故はあるだろうとなるが原発ではそれが許されなかったのである。
その被害はあまりにも大きすぎたからである。
だからどうしても日本で原発はできないということを証明した事故だった
一回の失敗でそれは決められないということはある
でも一回の失敗が致命的になることもありうる
原発の場合がそうだった,そもそも事故があってはならないから「安全神話」が作られたのだ,それが一回の事故でもろくも崩れさった
その信頼は回復できない
日本も戦争で負けて3百万人が死にうちのめされた,もう天皇が神だとか神国などと誰も信じない,天皇への現人神(あらひとかみ)信仰は完全に崩れ去った
天皇自体は自分は神ではないと宣言して国民の信頼を得るために歩いて回ったからであるこれだけの大敗北と失敗があれば誰ももう日本は日本が神国だとか強いだとか信じない
原発でもそうである。日本が技術が優秀だという奢りは打ち砕かれたのである。
人間は失敗すると何か信頼を失うとそこから立ち直ることが容易でなくなる
まず事業などは普通は一回失敗したら終わりである。
立ち直る人もいるがほとんどはできない
そして失意のなかに終わり死ぬともなる
それだけ一回の失敗の重みは大きいのである。
それを自覚されない,一回くらいどうってことないとも思う
でも人間にはチャンスは人生の中で何度もないのである。
何かチャンスは与えられても何回もはないのである。
ビジネスでもそうだし他の人でもそうである。
人生は長いから何度も挑戦できるとはならない
たいがい一回で終わりやすいのである。
だから逆に一回のチュンスで成功するということもあるのだ
銀行員でもそうだった,まかせられたがその能力がなかった
分散投資するのがいいというがその銀行員自体が銀行側のノルマ達成のために自分がもっていたリーマンショック前の株を売って投資信託に回して損させた
もしそれを分散投資しているのがいいからと投資信託に回さなかったらかなりの利益が出たのである。
つまり客をもうけさせて営業の銀行員も銀行ももうかる方法はあった
それは株を売らないことだったのである。投資信託に回すことではなかった
もしここでそうしていれば損した分の穴埋めもできたしもうけたとうことでまた投資に回した,投資信託に回した,そうすれば客でも銀行側にとっても利益をあげていたのである。
こうして投資で一回失敗するとあとはまかせる気分になれない
自分はまかせたがその金を有効に使い利益を出せなかったということで営業担当にも銀行側にも不信感をもつようになったからである。
もちろん知らないでまかせた自分にも責任があったが自分は素人だし知らないからまかせたのである。だから自分だせけに責任があるとはならないのだ
実際にまかせてくださいと胸を張ってすすめたからである。
その営業担当の人がもっとうまく説明していれば自分でも決めることができたし
その営業担当は客に説明してそうさせるべきだったのである。
分散投資といっていのにもっていた株を投資信託に回したからである。
そのことで信用できなくなった
もう二度と頼むことはできなくなったのである。
原発でもどうしても科学者でも政府でもマスコミでも信用できなくなる
マスコミでも広告費をもらって安全神話を作った方だからである。
そういう人達を信用できるのか?
戦争のとき朝日新聞が一番戦争をあおったとしきり言うときもそうである。
そういうことがあると信頼できなくる
信頼できないということがやはり致命的なのである。
アメフトでも一回の反則ですべてだめにしたとまでなる
人間は万能の神ではない,だから絶対ということはありえないけど「安全神話」が作られた,絶対に安全だと言っていたのである。
銀行員にしても私にまかせてくださいといっていた
その投資の仕方も素人とほとんど変わりなかったのである。
ただ分散投資の考え方は間違っていなかったがそれを破ったのである。
だからもう信頼してまかせることはできない
原発でもビジネスでも一回の失敗が致命傷になる,それを回復することは至難になる
だから人生に何度もチャンスがあると考えてはならない
チャンスは一度限りでありこれを逃したらあとがないとまで考える必要がある
一度成功した人は逆にまた成功しやすいのである。
ただこの世で失敗したとしても人間として失格することはない
事業に失敗しても別に人間として失格したわけではない
ただ社会が認めないというだけである
ただそういう人は世間体を一番重んじるから耐えられないのである。
どこまでも見栄を張ろうとしている
借金してまでも見栄を張ろうとしている,失敗しても認めない
そういう人は人を殺しても成功者になろうとするから怖いとなる
その人にとっては世間に認められることがすべてだからそうなる
つまり事業の失敗=人間失格とはならない
人間の存在価値は事業がすべてではないからである。
いづれにしろ人間は信頼が第一だというときどこでもそうだろう
家政婦とか家に入ってくる人は一番信頼が大事である。
だから本当はよほど信頼がないとまかせられない
現実に家捜ししていたり家政婦はその家の人となり悪いとなると相当な災いとなるからだそして信頼そのものが簡単には築けないのである。
それで十年とかある家に勤めている人は信頼できるとなる
また他でもその人は信頼できるとなる
会社でも最近信頼を失うことがいろいろある,信頼を失うとその信頼を回復するにはもう並大抵のことではできない,れだたけ人間というのは人間会計でも信頼が大事なのである人間社会はそもそも信頼関係があって成り立っている
それがなくなるともう商売でも人を雇うこともなにもできなくなる
「あなたは信頼できる人です」となったときその人にはやはりいろいろ重要なこともはまかせられて金持ちになる下地ができたともなる
信頼がなかったらまず重要な仕事でも何でもまかせられないからである。
だから本当は信頼を失うことは怖いことなのである。
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