2018年07月06日

麻原彰晃死刑囚の死刑執行 ほかの6人も執行見込み オウム事件で初 (現代文明社会から必然的に生まれたカルト宗教団体)


麻原彰晃死刑囚の死刑執行 ほかの6人も執行見込み オウム事件で初

(現代文明社会から必然的に生まれたカルト宗教団体)

浅原が63歳ということに驚いた、1988年ころから事件を起こしていた
地下鉄サリン事件が1995年だった、23年前でありその時生まれた人は知らないようになった、この事件の謎はなぜこれほど凶暴な団体と化したかである

この事件の特徴は優秀な理系の学生とか若者が多かったことである。
だからこそサリン製造工場まで作れたのである。
時代背景として科学者とか科学の問題として事件が起きた
つまり現代は科学の時代であり科学者が技術者が一番社会で重きをなして力をもっている時代だからこそ起きたのである。それは原発事故でもそうである
科学者が神官ともなっている時代だから起きた
医者はお医者様であり一番尊敬されている、僧侶などは坊主は穀潰しとされる
それは病気になってもなんら役にたたないからである。
では逆になぜ歴史で宗教がこれほど力をもったのか?
それは病気に関係していたのである。病気を直してもらいたいという切実な願いがあり
それで宗教に頼ったのである。

江戸時代に山伏、法印が異常に多い、小さな地区で必ず法印が一人いる
その墓もある、小さなけ村でも一人いるとなるとそれを養わなければならない
貧乏な時代になるとそれを生かすために食料を与えねばならないから負担になる
それでもそれだけいたということは病気を直すための加持祈祷をしていたからである
どれだけ病気で苦しんでいたかというと地蔵とかも病気を直すものとして建てられた
腰が痛ければそれに効く地蔵があり耳や目が悪ければそれに効く地蔵がいるとか分業化していたのである。医者に通いないから地蔵でもなんでも神仏に祈る他なかったのである。そして村の中心にあるのは薬師堂なのである。それも病気を直すために祈る御堂なのである、会津でもあれだけ早い時期に仏教が普及したのも加持祈祷宗教でそうなった
なぜ仏教でも歴史をみると興隆して力をもったのか?
奈良とか京都は寺の町となったのか?その原因は病気の加持祈祷をしたからだともなる

そして現代はその病気を直すのは医者であり病院であり科学者である、その人たちがお医者様として崇められるのはやはり同じ原因でそうなっている
人間は一番病気に弱いのである。今でもカルト宗教団体に入るのが病気の場合が多いのである。科学で医者でも直せない病気が依然としてあるからである。
オウムがなぜ力をもったのかといえばやはり科学者の団体だったことなのである。
つまり現代で一番尊敬されて力をもっているのは科学者であり技術者なのである。
するとそこに未熟であっても医者がいるとか科学者がいるとなると庶民でも一目置くのである。政治家とかなどは一見力をもっているようでももっていない、庶民も政治家を医者のように尊敬していない,医者はお医者様として異常に尊敬されているのは病気を直してくれるからでありそれは加持祈祷していて宗教が力をもっていたのと同じである
原因は時代が変わっても変わらなかったのである。

カルト宗教団体なぜ生まれたのか興隆したかというのも現代文明社会から生まれたということがある、個々にはいろいろあって大きな視野でみればそうである
現代文明の科学技術文明や複雑な無数の分業社会でもう社会がどう機能しているかもわからない、江戸時代だったら時代劇でも悪は明確でありわかりやすい社会である。
その基本は村単位の社会で生活していたからである。そこが世界だったからわかりやすいのである。視野は狭いにしろそこで世界になっていたからわかりやすい,社(やしろ)がありそこに会することが社会になっていたのである。
それが社会が今度は逆になり会社になったのである。その会社が様々であり巨大化した
でも今度は人間は会社に属する会社員であり村の社(やしろ)に属する村人ではないのである

宗教の歴史をふりかえれば病気の加持祈祷などから起こるとか山岳宗教が大きな力をもったということもわかる,山がもともと日本では御神体になっていたこともわかる
山が聖なる場だからこそこで修行したこともわかる
自然と結びついて宗教があったことは健全なのである。神道でももともと日本の清らかな自然から生まれたからである。今の東京のような所から生まれ得ようがないものだったのである。清らかな自然の中で浄化する,禊(みそぎ)すると罪も洗い流されるとなっていたのはそれだけ自然が汚されていなかったからなのだ

オウム真理教もそうした自然とは結びついていない、ただオウムでも創価でも富士山に修行の場として本堂とか建てたのはそうした歴史があってのことである
ただオウムでも創価でも幸福の科学でも東京から都会から生まれた宗教なのである。
幸福の科学というとまさに科学によって幸福がもたらされるから現代文明を象徴していたのである。
カルト宗教団体も現代文明が生んだものである、科学者が技術者が崇められる、だからこそ理系の若者でも力をもつ、原発でもそうである
カルト宗教団体でもそこに医者が科学者がいると信じられるのである。
それで宗教も現代を反映して科学から離れられない一体化するのである。

池田大作でも「科学と宗教」という本を出している、それは何かゴーストライターが書いたとかともいわれる、おそらく彼の著作の半分はゴーストライターが書いたのである
何か箔をつけるためにいろいろな知識人を利用するからである。
今でも佐藤優とか茂木健一郎などかぞうである、対談して潮でそういう知識人をとりこむのである。あとは政治で力をもつのである。
こういう人たちをまたマスコミはもちあげる、マスコミは時の権力に従うだけである
それが証明されたのは原発事故のとき朝日新聞の幹部まで東電に中国に招待された時起きたからである
ではなぜ創価もカルトなのだがオウムのような事件を起こさないのか?
それはオウムは理系の知識人であり創価はもともと庶民の団体だからである
庶民にはむずかしいことをいってもわからない、ただ病気が治るとか何でも御利益があるとか商売繁盛するから題目あげろというえばいいからである
それで一日題目をあげている人がいる、それはわかりやすいからである。
それで日蓮宗と真宗がこれほど普及したのである。
つまりこういう宗教は庶民の底辺層から起きているからオウムのようにはならなかったのである。

現代文明でなぜこれほどカルト宗教団体が力をもったのか?
それはいろいろな社会的背景がある、要するに現代文明の病的現象から生まれた
健全なものから生まれたものではない、山岳宗教は何か怪しいと今ではなるが山の空気を吸って心身を六根清浄を唱えて修行するのは健全なのである。
現代はみんな都会で生活しているからだ、創価でもオウムでも幸福の科学でも都会から生まれてまず都会人が信者となったことでもわかる
神道のように清浄な自然の気にふれて修行すればあのようにはならないと思う
自然とアイディンティティ化するとしたらならないのである
科学と技術が現代文明をリードすると起きたものだからである。

いづれにしろ宗教ではモーゼが十戒で戒律とした偶像崇拝に必ずおちいる
麻原とか池田大作とか幸福の科学の教祖とかでも偶像化される、そして浅原が死んだら神格化されることを言う人がいるのもわかる
生前はただの人だったのに欠点がある人だったのに一旦死ぬとその人が神格化されやすいそれも不思議なのだがそれは理屈ではない、最初の宗教が先祖崇拝だということは世界中で同じだからである。
そして宗教が聖書でも偶像崇拝との戦いだったことでもわかる
人間は偶像を拝みやすいのである。見えるものに人は頼るのである。
だから一神教は特殊な宗教だったとつくづく思う
人間も容易に神になるし神格化されるからだ
キリスト教関係だとエホバでも教祖がいない、偶像崇拝は守られているのである。
教祖を異常に崇拝するのは韓国系の統一教会などであるからこれは偶像崇拝的だとなる

いづれにしろオウム真理教事件はなぜこれほど不可解なのか謎なのか?
それはやはり現代文明が起こした事件だからだったのである。
現代文明が何なのかわかる人はいない、グローバル経済でも株のことでもわからない
それで陰謀論になったりする、だから現代文明社会から同じようなものがまた生まれる
文明社会の異様さとか矛盾とか混沌とかから生まれてくる
例えばルネサンスとか生まれ時代をみればわかる、なぜあのような芸術が生まれたのか?そこには調和があり美があり秩序がある

現代文明からそうした芸術でも生まれないことでもわかるのである。現代文明にふさほしいの抽象画なのである。
ピカソのような分裂してしまう人間でありそこで人間の尊厳はないのである。
シュペングラーのように数字化した人間であり経済的統計的数字化した番号化した人間しかいない、政治家でも病院で番号で呼ばれたというのもわかる、人間は番号でしかないのである、カルト宗教団体でも同じである。一人でも会員増やして政治の票にしたり勢力をもち政治的に力を持とうとする
その人がどんな人でもいいのである。頭数をそろえればいいだけである。
罪がどうだとか関係ないのである。そんなことを言っていたら会員が増えないからであるだからその会員は一票として数えら価値しかないし数としてカウントされるだけである
そこから何か個性ある人間など一人生まれない、ロボットとして数として数えられるだけである。現代文明社会でもそうだからそこでも同じなのである。
こういう文明社会からナチスがヒットラーが必然的に生まれと分析する思想家もいるのも当然なのである。
それでまともな人間になろうとしたときアウトサイダー化するのである
文明そのものを激烈に批判する、文明社会から排除された人間になるのである。


オウムとにていた原発事故(専門化した知識人の犯罪だった)

http://musubu.jp/jijimondai42.html#oom(時事問題深層42へ)


http://musubu.jp/jijimondai-41#tunami
のつづきで同じテ-マで書きました。

posted by 老鶯 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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