2018年07月28日

駅でフランス人と話する (野馬追いなども国際化が迫られる)


駅でフランス人と話する

(野馬追いなども国際化が迫られる)

駅にフランス人が来ていた、日本に三週間いるというし二回目だという
小学校の先生だった、何か日本のことを知りたい熱意が感じられた
それは先生だから知的好奇心があったからだとなる
日本語も少ししゃべれていた、英語で話しした、英語といっても自分の英語は会話まではいかない、でもなんとか通じるというだけである

その人はフランス人でも知識階級だと普通英語はしゃべれるのである
何かその人は平泉のことも知っていた、いろいろ日本のことを知りたくて来ていたのである
何かわからなかったが平泉でししている「曲水の宴」のことを言っていた
つまり杯がながれてくるとき短歌を即興で作る、そのことを言っていた
俳句のことを言ったら短歌のことだったが短歌を知らなかったのである。
説明書を出してその絵を見たらわかったのである。
それだけこの人は日本の文化と歴史に興味をもっている
前にも韓国へわたる船でフランス人とあった
その人は退職した人で日本の祭りを見て歩いていたという、それも何か月もである
民宿を泊まり歩いていたというから驚いた
今になるとインバウンドで外国人が増大した、前はフランス人の女の人が原発事故が起きたことで一人で来ていた、フランス人とは結構会っているなとふりかえる

それで思ったことはやがて田舎に外国人が増えてくる、すでに増えている場所がある
辺鄙火て温泉に外国人が集まっているとか放送していた
都会だけではない、日本の田舎に興味を感じる人がでてくる
また祭りでもそうである、つまり観光は国際化してくる、すでに国際化しているのだが
田舎になるとまだ波及していない、ただ野馬追いなどはそうした日本を知りたい人にはいいとなる

説明するのにフランスでは城が多いとか侍はナイト(騎士)だとか言った
ヨ−ロッパには城が多いから日本と共通性があるのだ
ただ東京は城がないからつまらないとなる、自分が外人と話せるようになったのは英語ができるからではない、外国に旅行してから外人慣れしたのである
外人と別に言葉ができなくても多少でもわかりをえるということを経験から知ったからである、言葉の前に相手も人間であるということで外人に慣れる必要があったのだ
今でも外人に田舎の人を嫌がる怖がるのは慣れていないからなのである
それでアルプスの白馬町の民宿の年配の女性が外人でだきあって別れを惜しんでいた
それだけ外人が増えたからである、日本人は貧乏になり来ないとなると外人を相手にするほかない、それが嫌でもそうするほかなくなったのである。
そうなると言葉すら覚えるのである。人間は食べていかねばならないとなると必死になるから言葉以前にそういう態度が身についたとなる

野馬追いにも国際化が必要になる、そのフランス人は漢字がむずかしいと言っていた
確かに漢字は苦手だとなる、中国では日本人は漢字が読めるから有利だった
ただ外国人は漢字が読めないから困る、それで英語の表示が必要だとなる
野馬追いでも国際化が迫られる、英語で説明する、アナウンスも必要になる
まだそれだけ外国人が増えていないがこれからは外国人を集める必要もある
外国人はかえって日本のことに異常に興味を持つ人がいるからだ
つまらない日常のことでも興味をもつのである
かえ、こんなことを面白いのかということで興味をもつ
ただ今は都会中心であり東京−大阪間がメインであり後は田舎にはまだ来ない
でも都会にあきたら日本の田舎にくる、でも田舎では外人慣れしていない
そのことからが言葉の前に問題なのである。

今日は駅で案内することが多かった、普通は今はほとんどない、外人が来たことも案内することになった、ボランティアのガイドだがそれもオリッピックで必要になる
東京とか大阪や京都になったら今や外国人だらけである
それがかかって今度は日本の情緒を壊すとまでなるし日本人が旅行しても宿がとれないとかなる、それも問題である。自分が旅行した時はそういうことがなかったからである
ただ京都では修学旅行生が売るうるさかった、今は外国人がこれだけ多いともうそんなところではなくなった、日本人が日本を旅行しにくくなったのである。
東北辺りはまだそういうことがないがいづれはなるかもしれない、都会はあきて田舎の方に移るかもしれない、そのフランス人は長野にも行っていた
東京に来ても田舎を回って歩いていたともなる、どうしてもまず東京に来てそこから日本全国に行くからである

国際化の時代は大学でもそうだが英語がコミ二ケーションの言葉として重要になってくる銀行でも国際化するから英語でやりとりできないと外国にも仕事が広がるから今の上司は外国が経験ないということで若い人からうとんじられるし重要な仕事がまかせられないとかなりはずされているというのもわかる
庶民レベルでもそれだけ国際化してしまっているからである
田舎にいると仕事でも外国と関係しないとわからないが実際はインタ−ネットとかも普及してグロ−バル化しているし国際化は否応なく迫られる
それがどうのこうのといっても現実なのだからもうどうにもならないともなる

駅前の自動販売機は一番売れている、店もないし駅で休むことが多いからそうなるのである、そのフランス人も飲もうとしたが青森のリンゴジュースをすすめた
フランスとかヨ−ロッパではみんな葡萄でありワインであるが果物はあまり生産できないらしい、リンゴジュースはめずらしかったのかもしれない、自動販売機だって外人にはめずらしいのであり食べ物でもそうである
別に知的文化的なことだけではない、食べ物は一番わかりやすいものだからである
ただ今はいくらでも外国から食べ物は入ってくる、自国でとれなくても外国から入ってくるからヨ−ロッパでも食べ物は豊かなのである。
確かにイギリスなど寒いから果物はとれない、でも外国からいくらでも入ってくるのである。

そのフランス人は宿は仙台にとってあり明日は雲雀が原の旗とりを見にまたくる
やはり宿をとるのは地元ではむずかしいから仙台になった
仙台でも今は外人でホテルがこんでいるかもしれない、その小学校の先生はサマーバーケーションで来ていたのである。
ホテルでもこむと日本人の旅行者は困るのである
日本はただ貧乏になるとカジノとか観光とかをすすめるほかなくなる
おちぶれるとそうなるのである。外国人を相手にするほかなくなる
それで長野県の白馬の民宿のおばさんが外人と抱き合って別れを惜しんでいたのである。それが現代を象徴していたのである、一部では観光地は外人だらけだとなってくる
それで温泉とか人気になり雪のない国から東南アジアでも今は裕福になってくるのである日本人でも外国に一時ブームになったように異常に興味を好奇心をもつことがあるからだだから人間が外国に異常に憧れることがある、それが日本で旅行が解禁されたからそうなったのである。

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/184039880
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック