2018年10月24日

認知症がアイコンタクトで劇的に改善 (NHK試してガッテン−私も最初にそうして落ち着かせた)


認知症がアイコンタクトで劇的に改善

(NHK試してガッテン−私も最初にそうして落ち着かせた)

私の姉の場合は最初に暴力になった、その前に同じものを何度も買い物していたし金を払うことができなくなっていたので近くの店屋で気づいていたのである
でも家では気づかなかった
気づいたのはなにか知らなけど激しい暴力になった
親戚の人が来た時歪んだ顔になっていた、それで病気に気づいた
意外と認知症は軽い内は気づきにくいのである

それからせん妄になり幻覚を見るようになった
何か人が来ているとか言ってそれが誰なのかと何度もしつこくたずねる
それはかなりひどいせん妄だったのである
だから何になっかのか最初とまどった、どう対処していいかもわからなかった
それでインタ−ネットで調べたら

目を見て落ち着かせろ!

そう書いてあったのでそうした、そして落ち着かせるためにお茶などを出して飲ませたのである
私は相手と視線を合わせて見て落ち着かせたのである
でも精神錯乱になっのかと怖かった、暴れたりもしたから怖かった
それで三人家族だったが一人は相手を見ることができなくなった
目を見ることができなくなった、怖くてできなかったのである
そうなったらもう一緒にいられない、相手が暴力になるからだ
性格的に姉は大の男も恐れない、大の男が怖がっていたのである
そういう人だから暴力になったりてしたら自分でも最初は怖かった
ものすごく気の強い性格の女性だったからである

ただ私は60年間も一緒に生活していたし自分は特に特別に世話になったから介護することは無理することなく自然な状態でなった
ただ最初は何になったのかわからず怖かった
精神錯乱になったのかと怖かったのである
でもそれから一人で家で介護するようになってなれてきて認知症という病気を理解するようになった、それで安心して落ち着いてきて症状が安定して騒ぐこともなくなった

認知症は誰か一番親しい人が愛する人がつききりになり世話しないと症状が安定しない
だから相当な愛情がないとできないともなる、ただ症状はみんな違っている
姉の場合は死ぬ直前まで意思疎通ができていた、ただ意識不明になって一か月間は死んだと同じだった、もう植物人間となり何の反応もなくなったからである

認知症の人の視界が狭くなっているというのはそうなのか?
ただそれだけではない、目を合わせて落ち着かせることが大事なのことは確かである
それを最初にしたから良かった
結局人間は突然に起きることに対処できないのである
津波でもそうだし何かの事件とか病気でも突然になると対処できないのである
今回のNHKの認知症対策で目を見るということは本当に大事である
目からは信頼とか愛情とかの眼に見えない光が放たれているかもしれない
何か嘘ついたりやましいことがあると目をまともに見れないことがあるし
何かその人となりが目に現れることもある、目がおかしくなっているかもしれない
だから人間にとって目は大事なのである

いづれにしろ認知症の介護している人は必ずうつ病になる
精神を病んでいる人の介護している時必ず介護する人もおかしくなるのである
正常なものが失われるのである
なぜなら正常でない人と常時一緒にいれば当然そうなってくるのである
自分自身は実際は介護することでも嫌だった、強いられてしかたなくしていたともなる
ただ自分の場合は特殊な家庭の事情で介護をするのも無理があったにしろ一番世話になったから何か自然と介護に努力したのである、恩返しのために自然とそうなったのである
でも普通は認知症の介護はそんなに手厚くできない

どんなに親しい愛情があっても嫌になるからである
私の場合は二年間であり短いからできたともなる、これがさらに長引いたらもうもたなくなっていた、なぜならもう一人も介護状態にすぐになったからである
二人の介護になることと自分が病気になったことでももうどうにもならなくなっていた
でもなんとか恩返ししてのりきったのである
でももうぎりぎりの限界だったのである
なぜなら自分も手術したり入院して病気になって介護していたからである
その時助けるものはいない、ただ責められるだけだったのである
介護は誰か一人に負わされるのである、みんなしたくないからそうなる
それは兄弟がいてもそうなりやすいのである

姉の場合は自分が留守にしていたとき不安になり近くの人のところに行っていた
そのことはあとでわかった、その人だけは親切な正直で本当に今時めずらしい人だったのである、NHKのテレビでも放送していたが少しの間でもいなくなると認知症の人は不安になる、それは捨てられたのではないかということで不安になるのである
だからもうどこにも出れない、いつも一緒にいるほかなくなる
そこでそうしていると丁度精神病院の中に一緒にいつもいて病棟から出れないという感覚になるのである、息ぬきもできないのである、それでうつ病になる
それはオウムとかカルト教団とかに仲間といつもいるような状態とにているのだ
閉鎖された空間でそこだけの世界にとじこもる、すると洗脳されて異常が異常だと気づかなくなるのである

家族の介護は病院で医者とか看護師とか介護士が介護するのと違うのは四六時中常に一緒にいなければならない、それで精神が消耗するのである
自分の場合それでも二年間だった、でもうつ病になった
だから認知症の介護はつらいと思う、NHKに出てきた人は私の姉より症状が重い人がいたから介護するのはもう自由時間もない、完全に縛れるのである
そしていつ終わるのかわからないのが辛いのである
実際十年とかもあるし自分の場合は二人で約十年だった、それで精神が消耗してしまったのである

ただ特殊な家族であり世話になったということがあり懸命に介護した
男だからうまくできなかったがそういう気持ちはあったからである
だから気持ちがない愛情がない人が認知症の介護することは至難だとなる
そんなにみんな聖人でもないし一人にの人間にそんなに付き切りにもなれない
それは施設でもそういうことはできない、でも親しくなった人がつづけて介護するのが認知症では症状を落ち着かせる効果がある
でも現実的にはそこまでしていたらとてももたないだろう

介護の負担は認知症でもそうだし普通の介護でも負担が重すぎることがある
ただ私の場合は特殊な事情で気持ちはあったのでなんとかできたとはなる
でもそういう気持ちをもつことができない施設とかではそんな手厚い介護は無理だとなるそして十年とか長い場合があるとその間は何もできない、その負担をも大きすぎるのである
ただ私の場合は介護して恩返しできて良かったと思う、だから遺影に手を合わせて供養できるとなる
介護のむずかしいのはそれは死後も影響してくることなのである
恨んで死んだりしたら何か手を合わせて供養できなくなる
お前は冷たい奴だったなとか死者に診られるからだ
そういう人を知っている、娘を恨んで死んでいったのである
その娘は信じられない非情な人になっていた

でも母親は介護されることもなくあっけなく死んだのである
もし介護状態になったら地獄だったとなる、そういう状態になっている人を知っている
その娘の実の親がそうっないたのである、認知症になっていたからである
実の親でも事情があって親とも思っていない、ただ金があるから施設に入れておくだけなのである
だから人間は本当に最後にならないとその真実もわからない
最後は親でも悲惨な状態になる人がいる、子から捨てられるのである
青森の施設にここからやられた人などはそうかもしれない、老後には最後には人間は恐怖にもなる、もうこれだけ老人になると姥捨て山に捨てるというのもしかたがないという時代にもなるからだ、中国では数が多いからすでに親をめんどうみれないと捨てる
そして自殺している人が増えていることでもわかる
一人っ子政策で親をめんどうみる人もいない、そして施設にすら入れない国でもめんどうみないとなれば死ぬほかないとなっているのだ、日本でも特養などは順番待ちでいつは入れるかわからないのである
高齢化社会の暗黒面である、認知症になる人が8百万人とういのも本当に悪夢である


世界中のどこも、経験したことがない社会「認知症800万人時代」この国に何が起きるのか 
65歳以上の4人にひとり、80歳以上は2人にひとり  

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