2018年11月15日

冬の日の新地の詩 (芸術は平和でないとありえない−新地に平和がもどった)



新地の右近清水の溜池は広い

(鴨の詩)


広き溜池に渡りの鴨や
色鮮やかにつつがなく
荒き波もたたず
ここに交わり安らぐ
そは争うことなく
ここに集い憩いぬ
人は常に争いやまず
故に人はみな疲れぬ
今安らぐ鴨を見て
我も安らぎにけり


鴨は冬の季語である、渡り鳥でありきれいな鴨もまじる、鴨の種類は多い
冬に鴨が渡ってくるから冬の季語になる
ここの溜池は広々としている、溜池でも気持ちいいとなる
溜池でも広い沼のような溜池もある、日本では溜池は多い

ともかく人間には争いが絶えない、どんなにしても争いが絶えない、終わることがない
家族だって争いがあり平和がない、男女間でも争いがあり平和がない
三分の一が離婚することでもわかる
この辺は原発事の補償金でもめた平和がなくなった
それで復興しにくいということもある

まず田舎の人間が素朴などということはない、畑している女性が前の畑の人を嫌がっていた、でも最近病気が悪くなり畑をできなくなったので喜んでいる
また住宅の隣にも嫌な人がいると常に言う
田舎の人間が素朴だとかは今はない、飯館村などはいい村だったけど原発事故以後はやはりいろいろなことでもめる、一番もめいてるのは補償金のことでありそれで村が二分した

要するに飯館村でも隠されるようにしてあったときが良かったのである
その時は自分は何もかかわっていないから良かったのである
新地に行ったとき良かったのもその土地の人とかかわらないからである
近くだから関係あるにしてもその土地に住んでいるわけではないからである

だから私自身が田舎を嫌って旅ばかりしていたというのもそういうことがあった
田舎からの脱出願望は誰でももっているのである
その人間関係が嫌になるのである
ただ遠くから外から来た人なら自然があっていいなとなるのである

ただ何か新地までは故郷の延長のようになる
山元町となると遠いと感じる、そこは宮城県と感じる
新地は特殊な事情で相馬郡になった、もともとは伊達藩だったのである

私の家の父親の前の妻は新地出身の人だった、その人とは会ったことがない
戸籍を見てわかった、戸籍から親類の系統をたどることができる
その新地の女性は自分の家の墓に埋まっている
それでお参りしているのも不思議だとなる
新地とかでも婚姻関係を結ぶ人が多いということである
しかし今はとんでもない遠くの人と結婚する
だから原発事故で避難した人たちは全国に散らばったのである
結婚した妻でも遠い地域に住んでいるからである

自然には平和を感じるが人間社会にはない、自然を見てなごむというときそこに人間社会にはないもの、争いがないから何でもない風景でも平和を感じるのである

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