2018年11月18日

反転する人生、運命の謎 (プラスに働くものが一転してマイナスになる)


反転する人生、運命の謎

(プラスに働くものが一転してマイナスになる)

なぜこの辺で原発事故でこんなふうに大被害になったのか?、津波でもそうである
原発はこれまでいいものとしてあった、そこで働いた人がこの辺では多いのである
原発は金になるものでありいいものだったのである
原発は地域に恩恵を与えていたのである
それが一転してマイナスなものとして働く
まず白が真っ黒になったという状態になった
科学技術の信頼は全く失われた、これも科学技術社会なのだから衝撃だった
誰も普通の人は放射線被害がこれほどのものとは思っていなかったのである

ただこういうふうにプラスに働いていたものがマイナスに働くということは歴史でも人生でもある、戦後の歴史でも団塊の世代は数が多いということはプラスに働いていたのである、その数が多いということで労働力になり高度経済成長時代を築いたのである
だから不思議なのは食料もなにもない、戦後の焼け野原からそういうことができたというのも幸運だったとなる
戦争は悲惨だったがその後は経済成長したから戦争の影響を受けたにしろそれが全部マイナスに働かなかったのである

でも今はどうなったか?その団塊の世代など人口が多い世代が今度はマイナスに働く
高齢化社会になりその数も膨大であり認知症が800万人時代とか信じられない時代になりお荷物となりその負担に耐え切れないともう施設に入れないとかなっている
介護難民がすでに出ているのである、特に認知症は嫌われるから追い出されている
それだけの世話する人が確保できない、金も確保できないのである
このプレッシャーはあまりにも大きいものとなって国すら潰れるとまでなる

それは自分自身が一人は認知症でありもう一人も介護した
四苦八苦して介護した、その時誰も助けるものがいない、かえって弱者化して責められてきた、同情もない、そのことを延々と書いてきた
ただこれも自分のカルマだったのである
結局楽した結果としてこれだけ過酷なものとなったということがある
つまり楽することもカルマを積んでいたのである
人間はただ何もしないで生きていてせ何かしらカルマを積んでいるのだ

それ以後人生が一転する、何かの切っ掛けで人生はベ―トベンの運命のように人生は一転する、優秀であった人も事業をはじめて失敗して借金に苦しむ
健康であった人が脳梗塞とかで半身不随になり車椅子生活になる
運命があるとき反転する、白から黒になる、それは大きくは社会でもそうだし個々人でもそうなのである
その変化があまりにも大きいともうそれに対処できなくなる
それがこの辺の状態なのである

だから個々人でも社会でもこのようにプラスに働いていたものが一転してマイナスに働くのか?それはまさに人間の運命だとなる
ただでは今度はプラスからマイナスになったが今度はマイナスからプラスになるということもある
この辺は新地である、駅は大都会並みであり駅前には温泉がでたとか大きな施設ができて人が集まるようになる、このように津波で甚大な被害を受けてもマイナスになってもプラスにまたなる所もある
戦争は悲惨でマイナスだったがその後はプラスに日本は転じたのである

だから人間は社会でもそうした繰り返しだった気かとなる
プラスに働くものがありマイナスに働くものがある
そもそも国自体がプラスに働くものがありマイナスに働くものである
日本は国土が狭いが山が多く水資源には恵まれているとか海に囲まれて海産物には恵まれてきたとかある、狭いから狭い国土で米でも収穫高をあげてうまい米を作ってきたとかある、砂漠になにもないと思ったら石油がでて豊かになっているとかなにかしらマイナスと思える所にもプラスになるものがある
神は砂漠にも恵みを与えていたのである

例えば人間でもいろいろな人がいて性格も性質も体質も違う、体力があるものいて外交的なものがいて内向的な人もいる
外交的な人からみると内向的な人は嫌れる、陰気だとなり社会でも嫌われる
でもそれは生まれつきのものであり外交的にはできない
体力でも生まれつきがあり強いものは強い
でも人間の性格でも弱点と思えるものがかえって長所ともなる
マイナスと思えるものがプラスになりプラスに思えるものがマイナスにもなる
体力的にも強くバリバリ社会で活躍する人も意外と年取ってから弱く早く死んだりする

人間には陰陽の性格があり最近読んだ本で陰の体質の人は人生の後半戦に強いと書いてあった
そうれもそうなのか、何か自分ももしかしたらそうなのか?
後半戦に力を発揮する、何か今自分は一番力を発揮しているように思う
理解力が深まったからである、今までは本を読んでもただ読んでいるというだけだった
今は自分なりに解釈して評論もできる、だからこれも不思議なのである
高齢化社会になると人生百年となると後半戦に強い人が生き残る活躍するともなる
そうなると陰の体質の人が有利だともなる
長期戦でありマラソンに適していて後半戦に力を発揮できるとなればそうである
それは体力でもそうなのだ、後半戦には陽の人はもたないとなる
ただこれも本当は人はいろいろだからわからない、もう同世代でも二割とか死んでいるとなるからだ


だからマイナスになるということは今度は逆にプラスになってゆくということにもなる
それはまた困難がともなうがマイナスばかりには人間個々人でもならない
社会でもマイナスから今度はプラスに転じてゆく
そういうことも歴史でも社会でも人間個々人にでも起きてくる
それでマイナスからプラスになるということもあるからそうなるように努力する
ただ今はこの辺では先が見えない、二重三重苦になっている

今言えることは日本全体でもマイナスの局面に転じている、マイナスに転じるということはそれはあらゆるものがそうである
民主主義でも制度疲労しているし資本主義でもそうである
世界的にも何かマイナスの局面になっている、それで大きな変革の時代になる
その時痛みがある、犠牲もある、それは戦争と同じなのである
世界でも国でもそうしたし大きな変わり目に来ている
つつりそれはマイナスの局面になる、でもそこからまたプラスの局面へと転化する
その時痛みと犠牲が生まれる、明治維新でもそうである
戦争の時もそうである、それを乗り越えたとき再びプラスの局面に転じてゆく
それが人生でもあり歴史でもり、運命だったとなる    

占いでも凶運は強運に転じる、凶運というのはそれを生じさせるものを積んできたからだというのも納得がいく、それが自分のことでもあった
私自身がこの凶運から学んだことが多い、人生の試練だった
人間は何か困難があると学ぶことが多いと思った、楽に過ごしていたら学ばないのである楽に過ごしていることも後でそれがカルマとなり過酷な凶運になり苦しむ
人生が一生楽に終わることがないからだ、それはどんなに恵まれていてもそうである
この辺は全体的にも凶運になったでもまたそれが強運に転じることもありうる
ただそれはこれだけの被害となると今まで経験したことのない放射線被害だからなんともいえない、ただ凶運が強運となる可能性はあるということである

それでも高齢化社会の問題は病気になったり認知症になったり後は死があるだけであり
マイナスになるだけだというとことで問題なのである
それは社会全体でもそうである、死んではじめてプラスになるという問題である
つまり高齢化社会は団塊の世代でもまたその後の世代でも死んだときプラスに転じる
それは50年とか先になるのだ、それまでマイナスとして働くものだから苦しいとなるのだ、ただ個々人でも社会でもそういうプラス→マイナス→プラスというサイクルがあることは確かなのである

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