母の命日〈冬紅葉忌ー三周忌)
冬紅葉小菊をさしぬ命日に
ふさわしき母の命日師走かな
掃除して母の命日冬紅葉
忙しく母の命日過ぎにけり
干し柿を母の命日にささげけり貧しき昔の暮らし思いぬ
朝静か庭に一二枚木の葉散る石の黙して下の部屋かな
母の命日が15日だと思っていたが12日であり過ぎていた
それをプログで調べてわかった、人間は本当に忘れやすい
だからプログは記録しておくので後で役に立つ
こんなこと書いていたのかと自分の書いていたことも忘れているからだ
母は大正生まれでその一生は苦労の連続だったし不運だった
たいだい戦前生まれとかなると苦労している、貧乏である
だから何か趣味などがない人も多い、ただ働く働かせられたとなる
それで趣味もなかった、何か利益になることしか金になることしか価値がないとしていただから一円の金にこだわって金を使っていない
その金も盗まれたが認知症になり笑っていたのも不思議だとなる
百歳まで生きたのが不思議である、体は細いし体力もないのによく生きられたと思う
なぜ百歳まで生きたのですかと聞かれると「無理をしなかったからです」と答えた
そもそも母は無理ができない体力がないからできないのだ
それは自分とにている、体力がないから無理ができないのである
体力がある人は無理ができるのである
ただ長生きとなると体力がある人が長生きとはならない、無理がたたって早死にの場合がある、だから体力と長生きは必ずしも関係していないのである
ともかく家事を93歳ころまでしていた、一時90度に体が曲がったがそれでも手押し車をおして買い物したり普通に生活できたし料理もしていたのである
その体が曲がった時相当に悲観して自殺しようとしたりした
それでもその後は体が曲がっても普通に生活できたのである
それも介護されるのではなく家事を普通にしていたのである
人間死ぬとその後いろいろ死んだ人のことを回想する、回想する時その人だけではないその時代とかも回想する、一つの身近な活きた歴史を回想する
だから郷土史は祖父母から聞くことから親から聞くことからはじまると書いたのである
それが一番身近で在りそれがそもそも歴史となったのである
その後に残された人が死んだ人のストリーをヒストリーをたどるからである
何かいろいろ語ることがあるが姉のことでも一緒に供養のために本でも冊子でも作ろうとしているがなかなか手間でできないのである
このインタ−ネットとかプログはその時々書いているから書けるのである
これを本にまとめようとするとき手間になるのである
家事を全部しているとなかなか他のこともしにくいのである
母の好物は干し柿であったがこれくらいしか戦前だと果物でも食べていないからそうなった、でも戦後は食べ物では贅沢したのである
戦後十年くらいで死んだ人は贅沢はできなかった
父は最後にサシミを食いたいといって死んだ、でも病気で食べれなかったのである
今は貧乏人でも食べる物は贅沢しているのである
母にふさわしいのは冬紅葉である、それで冬紅葉忌にしたのである
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