2018年12月31日

人生は二度なし(このことを若い時はわからない)


人生は二度なし(このことを若い時はわからない)


人生二度なしという厳粛な事実を若い時はわからない、青春もたちまちすぎるしたちまち老いる、なんだこれで人生が終わりなのかというとき老人になって愕然とするのである
ええ、たったこれだけだったのかというショックである
それほど人生は短いものだったのである
こういうことは別に優れた人とか哲学者とか宗教家だけではない
普通のありふれた平凡な人もわかるのである
老人になれば否が応でも現実でもって示される

そしてつくづく誰でももし人生が二回あったらなもう一回人生がやり直させたらなと切実に思うのである
ちょっとベトナム人の若い女性がいた、ベトナム人にも美人がいるんだなと思った
財布を落としてそれを知らせたのはベトナム人の若い女性だったのである
そしたらちょっとしたきっかけでもしかしたら仲良くなり結婚していたかもしれない
ちょっとしたきっかけでそうなるたこともありえたなと思った
しかしもう老人になったらありえない、ただ死に向かっているだけなのである
ただ若い人はこれから人生を生きるのだとつくづく思う
でも老人にはもう人生は終わったものなのである
終ったものとして回想しているだけなのである

そして人間はやり直しできない、あの時若い時こうすれば良かったと後悔してもできない若い時選んだことがそのまま人生の最後までつづくということがある
例えば道が二つに分かれたとしていて右を行ったらもう引き返して左に行くことはできないのである、それか人生なのである
だからその分かれ道で誤った方向に行くとそのまま人生の最後までその誤った方向から引き返せないとなる、それも今になると怖いことだと思う
人生はやり直せるというのは甘い考えなのである
そんな時間が人間には与えられていないのである

一回きりの人生しか人間には与えられていない

これは本当に最後になるとショックなことだったと
だからなぜ若い時が大事なのか?
それは方向を決めてしまうからである
その方向が若い時に決まってしまうから怖いことだったのである
ただ若い時そのことを自覚している人はほとんどいない
どっちに行こうがそれほど気にしていないし真剣に考えない
右に行こうが左に行こうが時間はたっぷりあると思っているのだ
人生回り道もあるしそんなことどうでもいいことだとしか思わないのである

「若き時神を覚えよ」というときもそうである
若い時しか本当の求道はできない、すると若い時でその方向が決まってしまうから若い時は人生を決するとまでなってしまうのである
人間はもう30代でもう決まるとまで言える
あとはつけたしであり余得ともなるのである
30からは時間が倍速で早く過ぎるのである
そしてあっというまに60、70となり老いるのである

そして死ぬとどうなるののか、死ぬとどんな人でもすぐに忘れ去られるのである
どんなに有名でも忘れられるのが早いのである
すでに仕事もしない退職した人は社会で用がなくなった人は生きながら忘れられる
それで家族の一人が認知症になったけどそれも無常だった
役所をやめてから役割が家でもなくなり何か生きながら無用の人となっていた
その時社会からもすでに忘れられていたのである
知る人も極わずかであり若い知らない人が増えてその人たちは知らないとなっていたのである
だから退職した人はそうなりやすい、社会で無用のものとなり生きながら忘れられるのである、そして死んだらもうただ忘却されるだけである
そのスピードが早いのである、だから無常迅速と言うのである

ただ現代は長生きになったからその分何か仕事をする残すにはいい、60くらいで死ぬのは早すぎるからである、何か仕事に追われているうちでも終わってしまうからである
長ければやはり何か平凡な人でも仕事をして残すことはできるとなるし才能がたいしてなくても何か積み重ねたもので才能が開花することがあるからだ
才能は第一いくら恵まれていても開発する時間が必要だからである

いづれにしろ自分の人生も終わりに近づいていると思う
旅するにしても何か気力がないから行けない、今は確かに介護が終わって行けるのだから行く気がしない、何か疲れるとなるからだ
だから旅にしてもいつかできなくなる、終わるということである
こんなに旅したのに依然として旅しない所がずいぶんあったし見ていなかったなとつくづく思う、それだけ人間の与えられた時間が短いからそうなっていたのだ
人生は光陰矢の如しであり最後は人生あっというまに終わるとなってしまうのである

今年も終わるが大晦日だけどこのことを若い人は肝に命じるべきだけどどうしてもそう思えないのである、そして老人になって愕然とするのである
そして二度と人生はやり直しできない、二回の人生はないのである
もし若い時でも30代以降でもこうした自覚があればもっと充実した人生になっていた
それはみんな誰でも思っているのだ、とにかく人間は無駄に費やす時間が多すぎるのである
でも何でも雑学でも経験したことは最後に活きてくる、活かせるのである
だから不思議なのは今一番私自身がいろいろなことがわかり活かしている
それを今インタ−ネットのホームページでプログで発表しているのである

ふりむけばすべての足跡が意味あるものとして示される・・・

今NHKの紅白歌合戦での歌詞を見た、福山雅治とかの歌手である
こう最後にこうなる、それは特別な人生だけではない、普通の平凡な人生でもそうなのである
その意味がはっきりと平凡な人でも知らしめられるのである
だから何か過去に悪いことした人も決してそれが心の中で消えることはないてのである
それが最後にまざまざと示される、そして後悔して苦しむ
それも怖いことなのである、ただそう自覚している人はいないからこそ若い時は放埓でもかまわないとなっているのだ
それが青春の特権だとかなってしまうのである

ということで今年も終わり来年もこうしてプログを書き続けます

良いお年を・・・

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