原発事故でも自己責任はどこまであったのか?
(専門家した複雑な社会ですべて自己責任をとれるのか?)
人間はそもそも責任を生まれたときから必ず課せられている存在だった
それで生れたときないて生まれてくるのは責任を課せられて生まれるから泣いて生まれてくるという人もいた
確かに人間はまず誰も責任から逃れられない、責任はまたカルマなのである
でも現代のような複雑な専門化した社会でどこまで自己責任をとれるだろうか?
原発(東電、政府)−住民
銀行ー顧客
医者ー患者
生産者ー消費者
こういう構図はあったとして原発になると原子力のことなど説明されても一般の人は住民はわからないのである
安全だと言えば安全になる、その中で大きな力をもつものは科学者とか技術である
一見ここでは表に出ないがそうした専門家が現代を牛耳っているというのもわかる
もし科学者でも技術者でも完全な安全などないということを言えば住民でも警戒する
でも科学者が技術者がお墨付きを与えれば信用する
その信用は政府とか官僚から来ているのだろうか?
それは違っていた、保安院などは飾りであり何も原子力について知らなかったからである原子力になるとむずかしすぎるから東電でしか知らないものだったのである
東電でも政府にお墨付きを与えられて原発を作ったのである
住民に責任があるとしてもではどこまで責任をとるのかとなるとむずかしい
そもそも原発は住民自体がかかわることができないから自己責任をとるにもとれないのである
原子力に核について知らないものは立ち入るな何も言うな!
これで終わりだったのである、情報開示もなにもないのである
ただ現実に新潟県の巻町では原発を建てさせなかったことがあり住民が全部責任がないということではない、拒否はできたのである
もっと危機感をもって原発のことを素人なり知ることもできたとなるから自己責任があったとなる
結局住民は金に目をくらんで積極的に誘致した
だから自己責任があるとなる
これは地銀でも同じだったのである
まず株式のことなど世界情勢がからみわからない
そして外国でも国内でもリートは月々分配型だから何か利子が月ごとにつく感じになる
それでだまされるのである、それは元金から引かれていたのである
その投資信託の仕組みは複雑でわかりえようがないのである
それで地銀の営業マンが私はプロですからまかせてください
そう言われたのでまかしたのである
となると責任は本当は地銀にある
でも地銀は銀行は一切責任はとらない、投資信託を売った時点で手数料が入りまたその後も継続して入り売る時すら銀行に金が手数料として入る銀行にとっては願ったりかなったりなものだったのである
ただでは顧客に自分に責任がないかというとあった
何も知らないで専門家と思った地銀に一切まかしたからである
それは原発とにていたのである
違っていたのは地銀は支店長が来て証券のことなどわからないと言っていたから素人だったことである、何の知識もなかったのである
それでプロですからまかせてくださいと言えるのか?
そして失敗したら損したらいくらでもいい訳がある、株が上がったり下がったりする原因はいろいろだからである、だから銀行の責任ではないとなる
ただそれで下がっても責任は一切取らない、手数料だけは確実にもらいますよというおいしい商売なのである
責任の一切は顧客にある!
そうなると顧客でも全部を知らないからといってまかすのは危険だったのである
原子力は皆目わからないにしてもなんとか証券とかは教えられればわかるということもあった
株なら上がったり下がったりするから下がったら上がったら売るというだけでありそれは自己責任でできるからである
でも投資信託は仕組みが複雑だからそういうことがしにくいのである
だからリーマンショクの時半分に下がった株を回復してそれからうなぎのぼりに上がったのである
でも地銀ではその株を売って投資信託に回したのである
確か損はしなかったがそのままにしていれば相当にもうかっていたから責任を問うことはなかったのである
そして分散投資はわからないにしろ投資の基本としてある
国債とリートと株とかに分散していればリスクを避けられることがあった
それも地銀ではノルマを果たすために株が上がっていたのに投資信託のリートに回して損させたのである
でも責任は一切とらない、手数料だけはいただきます
銀行がすすめるのは顧客がもうけるとかなんとか関係ないのである
今はやりの適当な商品を売りつけ手数料をもらうことしか頭にないのである
第一投資信託の数は多いから本当にもうけている人はそういう中から選んでもうけているでも素人にはそういう商品はわからないのである
いづれにしろ何かという責任が問題になる、そして責任をまねがれないのが人間なのである、その責任はもし本当に責任を果たすべき人でなくても回ってくる
誰かが必ず責任をとらされるのである
東電の幹部でも責任がないから責任をとらないにしても住民は故郷に住めなくなったとか重大な被害を受けた、環境も破壊されたてとりかえしがつかないとなった
例えば責任という時別に責任がない人でも責任をとらされる、そういうことは犯罪である暴力団の抗争で流れ弾にあたったとか何かもめごとがありそのとばっちりを受けるとか常にある、それは当事者だけではすまされない、誰かにとばっちりがゆく
関係ない人でも責任がとらされることがある
原発だって実際は栃木県とか広範囲に被害があった
それもとばっちりなのだか国民自体にも責任があったからである
原発は危険だから国民が反対して阻止すればそういうことがなかったとなるからだ
だから国民にも責任があったとなる
その責任は莫大な事故処理に国民の予算が使われたことでもわかる
つまり責任というのは何か全体に及んでくる、一部分にとどまらないのである
無人駅のことの責任でも書いたがJRに責任があるが乗客側にも鉄道を利用するとなると責任が生じていたのである
経営が苦しいから駅員を置かないの利用者側にも責任があるとなる
鉄道をもっと快適に利便性を高めろというときそうなら乗客でもっと乗って金を払いとなるのである
駅員を置かないのは無人駅にするのは経営上やむをえないとなる
後は乗客の自己責任で乗ってくれとなったのである
サービスを提供するものと受ける側でも責任が生じていたのである
もっといいサービスを受けたいというならそれなりの金を払いとなるからだ
金は金額の多寡はやとり一番わかりやすい責任なのである
千円と一万でサービスを受けるのは物でもやはり差があって当然だからである
1000円には1000円の責任しかない、その物の価値はそれしかない
千円だからまずいとか壊れたとかなってもそうんなものだとなるからだ
つまり金銭の多寡が責任の大小にもなるのである
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