2019年03月08日

競走馬の引退馬を仙台から見に来た人 (ノーリーズンが北右田で飼われていた)


競走馬の引退馬を仙台から見に来た人

(ノーリーズンが北右田で飼われていた)

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この引退馬が見れる


繋養展示場所〒979-2313 福島県南相馬市鹿島区北右田字大橋39〜1
鹿頭ステーブルTEL090-2606-9589
展示時間10時00分〜15時00分連絡予約3日前まで見学方法希望により案内あり厩舎内への立ち入り可

父: ブライアンズタイム
母: アンブロジン
品種: サラブレッド
性別: 雄(セン)
毛色: 鹿毛
生年月日:1999年06月04日
母馬所有者: ノースヒルズマネジメント
生産牧場: ノースヒルズマネジメント
産地: 北海道新冠郡新冠町
重賞競走
'02 皐月賞 G1



最初何かわからなかった、駅で案内板を見ていたので引退馬を見に行くと言うので案内した、そんなところに今牧場があるのを見ていない
前は北右田に牧場があったのを見ている、そこは津波で家もろとも流されてなにもなかったからだ

その馬がいたのは建設会社の置き場であり野球場の近くだった
だから普通はわからない、見えないからだ
ただ郵送用の車が置いてあるのでそうなのかとは思った

小屋となり一頭一頭がしきられた狭い部屋で飼われている
そこに確かにノーリーズンという馬がいた
案内の人がわざわざ車で来たからである
なぜわざわざ手間かけて案内したのか?
それはインタ−ネットに案内すると広告していたからである
事前に連絡していたからそれができた
だから無理を言ったわけではなかったのである

この馬は皐月賞をとっているのだから凄い馬だったとなる
でもそれは2002年である十六年もすぎているのである
もう老馬なのである、競走馬として活躍できるのは二歳から6歳くらいと短い
それは人間でも青春が短いと同じである、盛りは生物では短い
でもオス馬の場合は種馬として利用価値がある
なぜなら馬は血統できまる、世界的にもそうである
これは日本で育てられたのではない、アメリカで育てられた馬だからである
それでノーリーズンとつけられた、
ではノーリーズンの意味は何なのか?理由なしという名は何を意味しているのか?
外国産は英語名とかになり日本産は日本名とかになる

もう一頭外国産アメリカ産の馬が飼われていた
それも賞をとった馬である
競走馬は賞をとった馬は相当に価値がある、それは引退馬になっても価値があり馬好きの人はこうして見にくるのである
その仙台から来た学生はしげしげとその馬の頭をなで一時間以上見ていた
よほど馬が好きなのである、こんな人もいるのかと思った
年取ったからおとなしいのかと見たら暴れるから去勢したとか馬主が言っていた
狭いところで暴れて仕切りの板を壊してもいる
だから馬でも牧場で運動させないとまずいと見た
ただ牧場となると広い所が必要だからほとんどの競走馬は北海道で飼われているのである北海道はあれだけ広いから牧場に一番向いているのである

そもそも馬はモンゴルのような平原に向いている
今でも馬は羊を追うとかで使われている、私は競馬には興味がないが草原を走る馬には魅了される、
野生の馬はもともと草原を走っていた
草原を疾走する馬は見ているだけで気持ちいいとなる
競走馬が走るにしても狭い場所であり活きてこないのである
ただ私は競馬で一度も実物を見ていない
野馬追いでは競馬を見たがやはり迫力がある、あれでも相当に早いから実際に見たら相当に早いとなる
ただモンゴルの馬は小型なのである、足がつくくらいである
なぜあんな小型の馬でジンギスーパーハーンの大帝国ができたのか不思議だともなる
自分もその馬に乗れたからだ、高くないから初めてでも乗れたのである

いづれにしろ引退馬を見に来る人はいるし引退馬を生かすための応援する団体もある
特に賞をとった馬はやはりみんな馬好きだからその後も忘れずに見にくる
その人は何度もしげしげと見ていたのである
では学生で競馬に行っていたのかともなる
何かその辺が理解できなかった

引退馬を生かしておきたいというときやはり馬に愛情をもっている、殺すにしのびないとなってそうなっている、やはり馬は生き物だからそうなっている
生き物相手だと動物でも人間のように見ることがある
例えば猫でもそうなのである
私の家の庭をびっこの猫が通る、それをみているとあわれだなと見る
びっこでも良く生きているなと見る、懸命にビッコでも生きようとしているのである
動物でも何か人間に見える時がある
でも動物には情がない、そのビッコ猫を襲う猫がいたからである
縄張りのためにそうなっている、動物には同情がないのである

馬でも馬と結婚したとか伝説があるのはそれは曲がり屋で昔馬とともに暮らしていたからである、馬がなじみがなくなったのは日常の生活で関わらていからである
馬を見るのは競馬とかこの辺では野馬追いだけだからである
野馬追いはそうして馬がいた時代を思い出す祭りでもあるのだ
馬にふれる機会がなくなっているからだ
だからこの辺では小さな牧場があり馬を野馬追いのために飼っている
だから馬をみかける、それで少女が馬の頭をなでるのを見ていたことがある
つまり馬と親しむ機会がこの辺ではまだ残っているのである

ともかく引退馬とインタ−ネットで検索するといろいろでてくる
それだけ引退馬に実は関心がある人がいるとはいうことである
野馬追いがあるからこの辺では馬に関心をもつ、でも馬とは実用になっていないから何かわからなくなっている
あそこの六頭の馬は他の土地から来た人たちが共同で飼っているのかもしれない
それは小高とか浪江とかの人たちが場所がなくてあそこで飼うようになったのかもしれない、鹿頭となるとこの辺の姓にはないと思うからだ
この辺では外から入ってきている人が多いからだ
ただ牧場をもつとなるとなかなか土地がないということはある
それで共同で飼う場所を持ったのかもしれない

なんらか馬に詳しくなるのはこの辺では野馬追いがあるからそうなる
でも現実今は馬を知ろとしたら競走馬しかないのである
たいだい馬を知っているのは興味あるのは競走馬のことだからである
野馬追いではその引退馬とか活かせる場所である
たいだい競走馬を使っているからである、他では利用価値がないから活かせないとなるからだ

posted by 老鶯 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 野馬追い関係
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