2019年03月11日

故郷に住まなければ復興はない (そのジレンマに苦しむ)


故郷に住まなければ復興はない

(そのジレンマに苦しむ)


復興という時、すでに避難区域に指定されたところをでて外で生活基盤を持った人復興とは関係ないだろう、なにかしらあるにしても関係は薄くなる
例えば浪江の人は東京に出てそこで中学高校とか出た人もいる、その人は東京で就職したしまたその祖母は東京に住むようになった、そして原町の復興団地に祖父が一人残されて住んでいる
小学生一年でも震災以後8年過ぎればも学校すら地元とは関係なく故郷とは関係なく生活してきたのだからその関係が薄れたのである

そうして外部に出やすかったの多額な補償金をもらえたことだったのである
宮城県とか岩手県だと原発関係は関係ないから補償金はもらえないから県から企業でも援助されても融資されても返さねばならないとかで今になって事業がうまくいかず苦しんでいる、仮設の商店でも資金繰りで今は苦しんでいる
旅館でも再建したのはいいとしてもやはり復興特需が終わったら客が来ないと苦しんでいる、福島県ごと補償金をもらっているから違っていた
そうはいっても放射線の被害は大きいのだからその後の風評被害などで苦しんだのだからそれは当然だとなる

復興というとき

●市町村の全体の復興 

●個々人の家族の復興

この二つに分かれている、もう8年もすぎて所属した市町村から外に出て生活している人は家を建てたり仕事をもったりしている人はもう帰らない、するとその人たちは復興に関係あるのかとなる
残されたのはその親や祖父母である、だから関係ないとは言えないが実質的に故郷との関係は薄れてしまって関心もなくなっているともなる
それより移住した土地での生活で精一杯だとなる
ただ南相馬市は小高が避難区域になっても南相馬市民だし現実に原町区とか鹿島区に多数移り住んでいる、家も建てた人も多いのである
そこが事情が違っている、でも小高区だと40パーセントはすでに帰還しているのである仮設に住んでいたが住めなくなって家があるから帰ったという人も多いだろう

南相馬市で浪江とか他からの人たちが流入して家を建てた人が多いのである
だから南相馬市ではかえって人口が増えているように見える
そういう人たちは南相馬市民となっていないからである
それで手続きで鹿島駅から浪江まで行く人がいた、それもめんどうなのである
でも浪江町民から南相馬市民に籍を移すことはできない、そうすると補償金とかが関係してくるからそうなる

いづれにしろ復興というとき市町村の復興と個々人の復興は分けて考える必要がある
そして復興、復興といっているとき実際は市町村の復興のことなのである
つまり全体をどうにかしてくれということなのである
それを一番切実に思っているのはそこに帰って住んでいる人たちなのである
他に移り住んだ人はもう復興といっても関係ないとはならないにしてもすでにないともなる、ただ復興住宅とか団地に住んで帰るのか帰らないのかどっちにしていいのかわからない人たちもいる、ただ外に出て家を建てて生活の基盤を持った人は帰らないから復興とは関係なくなっている、そうしてそういう人たちが多いのである

それで今日のテレビで大槌町で新しくしして自転車屋を始めた人がいる
もともとしていたのだが新装して始めた、カフェもやるとか家を新しく作ったのである
でも4000人くらいしかもともといなかったのにさらに人がいないのだから商売なるのか?。
ここでも一万くらいの人口でなんとか一軒の自転車屋がやっているからだ
その人の願っているのは子供もいるしなんとかみんな帰ってきてくれ、客も来てくれとき切実なのである
だからそういう場に住んでいる人はなんとか復興してくれ人も帰ってくれ住んでくれとか切実なものとして復興を願っているのである

でも外に出て家を建てて8年もすぎたらもう故郷とは疎遠なものになってゆく
ただ南相馬市とか事情が違っている、また浪江とかでも近くの復興住宅や団地に住んでいる人は時折様子見に行っているから違っている、なんらか故郷とつながりがあり帰る準備もしているのかとなる
とにかく人が住まなければその土地とは関係が薄れる、住んでいる人はその住む場所をなんとか良くしようとする、でも住まない人は無関心になってゆく
そこに住む切実さもうすれてゆく、原発事故だって津波だって遠くの人は切実なものとはならないからだ
つまり関心の度合いが根本的に違ってくるのだ、そこにやはり報道でも土着的なものが必要だという時、その土地に住んでいる人と住んでない人では切実さが違ってくるからである、その土地の水でも土地でも汚染されることは命の危険につながるから関心度が違うからそうなる

だから復興という時、そこに住まないかぎりないのではないか?
そこに住んでいるからこそ復興してくれと切実なものとして訴えることになる
大槌町の自転車屋にしても人が住んでくれないことには商売にもならないからである
そしてそこに住めないということが帰還しないことが最悪だとなる
それができていないから復興はすすまない、何か絶望的にもなるのである

その例が愛媛県と小高で農業をしている二重生活者である、その人は故郷を避難して別な場所に住んで復興にかかわれないことにうしろめたいものを感じているという、なにかしらそういうことがあっても帰りにくい
でも小高で米を作り愛媛でミカンを作っている、でも妻は南相馬市の実家には小高ではない所には帰るが小高には帰らないという
そういう人がまた多いのである、小高の人たちは原町とか鹿島と相馬市とか新地でも家を建てて移り住んでいるからである
ただやはりそれでもうしろめたいものを感じているのだなとは見た
なぜならもうそうして新しく家を建て移り住んだら小高との関係はあったとしてもうすれてゆく、関心がなくなるのである
それで農業している二重生活も限界だというのも理解できる
そしてあまりにも遠すぎるのである、いづれはどっちかを選ぶ決断が迫られる

ただこの放送で貯金をとりくずして生活していると言うが小高ではかなり補償金をもらっているからそんなに金に困るというのではないと思う、その辺がテレビでは放送しないから誤解が生まれる
いづれにしろこの二重生活とか南相馬市でも小高区以外に住むなら妻も賛成するという気持ちがわかる
現実にそうしたことがここで起きているのを見ているからである
ただ小高でそこに住まない限り復興はありえない、そういうことが他の避難区域でもできないから絶望的になっているのである



posted by 老鶯 at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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