2019年04月19日

人生百年時代はあせる必要がない (余裕がない人は人を助けることもできない―起業もできない―失敗する)


人生百年時代はあせる必要がない

(余裕がない人は人を助けることもできない―起業もできない―失敗する)


●あせり追われ試験の点数のために勉強する

●あせり早く成功しようとする

●あせり早く成果を出そうとする

●今だけを見て長い先が見れない

●ともかく何するにも余裕がない

私が学校が嫌なのは常に試験試験でありその結果ですべてがみられる
試験の点数がすべてだとなる、そこで自分なりに時間をかけて勉強できない
思考するにも時間がかかるから手っ取り早い解答を出すことで試験の点数をあげる
学校時代から何か常に余裕がなくさせられていたのである
すでに人生は学校時代で学歴で決まるとかいうのもそうである
人生は常に急がされているのである

「忙しい人」は、余裕がないことからその場しのぎの考えで行動することもある

何をするにも起業してもすぐに成功しようとする、成果を出そうとする
そのように追い込まれたりしているから余裕がない
すると起業するにしても十分な資金がなければ余裕がないからつづかない
なぜならすぐに成果をだせない、もうからないとしたらすぐに起業してもやめることになるからだ
でもそれだけの資金の余裕がある人は少ないとなると起業はむずかしいとなる

私が会った人はすべて余裕がなかった

起業した経営者も借金でおいつめられていたからまず自分が苦しんでいることより借金を返すことで頭が一杯だから自分が病気であり介護で苦しんでいてもそんなことに心を配る余裕がないのだ
だからそもそもそんな人は人を助けることはできなかったのである
また手伝いさんでもその人も金に困っている、窮している、すると家に入ってきて物色して金を盗むことしか頭になかったのである
でもそういうふうに手伝いさんとかは金に困った人が多い、余裕ある人はしない
そういう人は遊んでいるのである、金に余裕があるからそんな下働きのようなことをする必要がないからである、それで家に入る人は問題が起きやすいのである
絶えず主人の金をねらっているとなれば安心がなくなる

それから地銀の人でもノルマを課せられているからノルマを果たすことが頭で一杯になっている、成果をだすことで一杯になっている
私は銀行を地銀を信用していた、まかせてくださいというから信用していた
金融のプロだと思っていたのである
でも今や地銀は存続するかどうかの危機であり全く余裕がなくなりもうけることができなくなり投資信託をうりこみ手数料商売になっていたのである
だからリーマンションックの時半分になった株が元にもどり上がり調子の時投資信託に回して損したのである、もしそのままにしていれば相当な利益になったのである

その原因は地銀はもう追い詰められている、余裕がないからである
こうしてそもそも余裕がない人と会社でも接すると危険なことになる
相手のことなどとても考慮できないからである
ただ追い詰められているのだから自分のこと自分の会社のことしか頭になくなるからである
そうして犯罪というのはこうして金でもなんでも余裕がない人が起こすのである
明日食べる金がないとなれば強盗ともなり殺すことまでする、それは余裕がないからである 
余裕がない人と接すること自体が危険なものとなっていたのである

だから余裕というのは何するにも大事である、ただその余裕をもたせられないのが人間なのである、余裕をもって勉強しなさいとか誰も言わないのである
今勉強して試験に受からないとあなたの人生は終わりだとか追われて勉強させられる
何が自分自身のペースでじっくり考え勉強することもあったがそれもできないのである

何するにも人はあせるしあせらされるのである、まず起業してもすぐにもうけをだして成功しなければならないとなる、二三年はそんなにもうからなくても徐々に成果をだしてゆくとかにならないのである、それはそれだけの資金でも余裕がないからである
それは自分自身もそうだった、何かあせりすぐに成果を出そうとして失敗していたのである
人間のすることはなんでも時間がかかる、芸術だって何かすぐには天才でない限り会得できないのである
何か凡才でも俳句とか短歌でもつづけているとそれなりのものができるようになる
私自身がそうだった、20代でも30代でも何か才能があるとみられなかったのである
凡才でも継続は力なのである、何か一つのことでもいろいろな分野が学問的にも実業でもいろいろある、それを継続してゆくものがあればやがて成功する成果が出せるとなる
だからどうしても大器晩成を目指せとなる、早熟なものは花火のように天才でも終わる
成功をせりすぎるのが人間なのである
そして人生百年時代のいい面はそれだけ長い時間の中に成果を出せばいいとなる
あせる必要がないのである、人生50年だったらそんな悠長なことを言っていられないからである                                

余裕がない人はすでに失敗している

日本がの戦争でももう物資が石油でも不足する、するとあせる、追い詰められる、余裕がなくなる、そこで遂にがまんができず暴発する、無理な戦争をして大敗北になった
それは日本には余裕がなかったからである、アメリカには何でも物資でも戦略的にも余裕があった、追い詰められていなかったのである
余裕がないということですでに負けていたのである
すでに余裕がない人でも会社は負けている、そして悪あがきをしてさらに事態を悪化させて失敗して終わる                                     

つまり余裕がない人は会社でもそういう人と接することは危険になる
とても相手のことを考慮できない、ただ手っ取り早く利用することしか頭にない
その人が病気だったらかえってつけこむにいいとなるから怖いのである
また弱者に対してそういうことが通りやすいからである
病気でも薬を売るにしても相手の弱みにつけこむということが常にありいらない薬を医者でもだしているからである、それは一種の脅迫までになり現実に自分は借金して追い詰められている人から脅迫されたのである
だから余裕がない人は危険なのである、でもそういう人が世の中には多いのである

人生百年時代はあせることはない、百年で成果は出せる

こういうふうに人生百年時代のメリットはある、暗黒面も大きいのだが何か人間が成果をだすにはとにかく時間がかかるのである、学問でも芸術などでも本当に時間がかかる
学問となると特に積み重ねだからそうなる
それで〔少年老い易く学成り難し」となっているのは今でも同じなのである

お金のために働く人が、「起業家」に向いていないワケ

これなどはそうだと思う、愛ある人が成功するというときそれは成果をすぐに出せることにはならないからである、愛と言っても余裕がなければ愛もありえないのである
すぐに利益を出すということしか頭になくなるからである

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