2019年04月24日

残る花(林道の山吹など)


残る花(林道の山吹など)

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タンポポに走る人行く朝桜

一斉にタンポポ埋める空地かな 

病院や曇りてあわれ残る花

村と村つなぐ細道スミレかな

山吹や林道つづく森の奥

山吹や岩根露わに森の奥

山吹や林道の奥人入らじ

病院や曇りてあわれ残る花


川岸にコゴミとる人みかけにし何かなごみぬ春も暮れゆく

故郷に残れる花のあわれかな名残り惜しむや明日は散りなむ

夕ぐれに残れる花の散りかそか今日もこの道一人行くかな

新しき家になじみぬ夕暮れに枝垂桜の色を深めぬ


常磐高速道路のSAからトンネルをくぐり小山田の山神の神社のあるところの脇を入って行った
そこはどこまでも森だった、ぬけることができない森だった
高速道路の脇にあんな深い森があると思わなかった
小山田の奥にある森は橲原(じさばら)の方にぬけられるがこの道はぬけられない
どこまでも道がつづいている、遠くから山を見てもそこにこうして深い森があることがわからない、日本では山と森が一体なのであるすでに山吹が咲いていたからそうした奥にふさわしいとなる
でもその森の中に入ってみないと森でも実感できないのである

あそこの奥で見たものはゼンマイなのか、コゴミなのか?わからなかった
似ているから良くみないとわからない
それで川岸の木が切られてそこにコゴミを採っている人がいた
こんなところにコゴミがあるのか?普通は山の奥にあると思っていた
そこは木が生えて隠されていたのである

川岸の水の流れているところにコゴミが生えるというときやはりこんな街中の川でも生えるのかと思った、ここは確かめる必要がある
前は近くでも山菜採りしていた人はいるが放射能騒ぎでしなくなっていた
こうして季節の楽しみを奪ったのも原発事故だったのである

何かこの辺では元から住んでいる人ではない
ハーブだよと匂うよと教えた人も地元の訛りがない、東京弁である
何かこうしてこの辺では外から入って来た人が多いのである
だから新しい家が次々に建ち新しい街ができたともなる
そこの新しい家に枝垂桜がしだれている、それも何回も見ていればなじんでくる

タンポポが六号線の空地に一杯に咲いてうめる
何か空地でも花で埋まってしまうのも気持ちがいい
人間がいなくなってもそこは花野になっていることがある
現実にこの辺は原発事故以後草原化してそこに雲雀が鳴いたときあっていた
つまり雲雀は草原にモンゴルの広い草原に鳴くのがふさわしいと発見したのである
田んぼより草原にふさわしい鳥だったのである

今は残る花でありかそかにまだ散ってゆく     

国土の70パーセントある忘れらた日本の森林 
(小山田の常磐高速のSAの脇に延々と森がつづいていた)




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