2019年05月09日

なぜ駅の高校生の見守り役が駅の業務をしないと契約したのか? (専門以外の人が立ち入ることを嫌っていたから?)


 なぜ駅の高校生の見守り役が駅の業務をしないと契約したのか?

 (専門以外の人が立ち入ることを嫌っていたから?)

railwaysssttt1.jpg

  
こういう契約がどうして結ばれたのか?
それが理解できなかった  
これを契約条項に持ち出したのは誰なのか?どういうわけでそうなったのか?
これはJRの方で駅の業務はしないようにと市側ので認めたNPOに提示して決めたのではないか?その経過がわからないにしてもNPOが提示したのではないだろう
JRでそう提示してNPOは受け入れたのではないか?

なぜそう思ったかというとJRとかでも外部の人が勝手に立ち入ることを嫌うのである
駅の業務に立ち入れさせたくないのである
でもわからないのは他ではかえって駅の業務を委託している
それも危険なことも委託している
それはコスト削減のためにそうしている
こういうふうに正式にJRと民間が契約してならいいとなるのか?
それはJRでそういうふうに認めているからである
それで安全管理ができなくなるから労働組合では反対している

だから危険でもない「駅の業務をしない」という契約をしたのだろうか?
委託すると金がかかるからなのだろうか?
この辺のことがわかりにくいのである
まず駅で乗客の案内をしても危険なことはないからである

おそらく自分の場合は許可もされていないで勝手にしていたからJRで嫌い立ち入らないようにとしたとなる
何かそのことがわからないのである
役所仕事としてここでもある、私の部署ではないので他の人に聞いてくださいとかなる
それが現代社会である
つまり〈私たちは高校生の見守り役以外はしません、そうJRと契約していますから」とかなる
それで駅前の自転車屋でもいつも見ているから木が枯れたから水をやるとかしてもいい
それが人間の務めだと言っていた
今の社会は部分化専門化してその部分しかしない、そして無数の部分の仕事に分化しているのである、それで全体を知る人は誰もいないのである
まず全体を知り得ようがないのである

こういうことは別にここだけではない、役所でもそうだがどこでもそうなのである
無数に分化された社会であり専門化された社会だからである
原発でもそこは専門家しか立ち入ることはできない、そして誰も全体を知るものはなかった、吉田所長すら肝心の復水器について知らなかった
なぜなら私は資材部門だったからと言っていたからである
また社長でも会社全体を知る人はいないのである、何か一つの専門に詳しくてもあらゆることに詳しい人はいないしなりえようがないからだ

例えば原発では千人の電気仕事をする関係者がいた、配管の仕事をする人もいた
だからその人たちは実はこれは危ないとか現場で仕事して知っていたのである
では所長であれ幹部であれ上の人はそうした細部のことを知っているかというと知らないのである、いくら技術者として優秀でももう全部を知る人などいないのである
そんなことができるのは神だともなってしまうのが今の社会なのである

だから駅で勝手にボランティアしてなぜ仙台行きと原町行きのホームがほからないのが不思議だった、そんなことが当たり前であり誰でも知っていると思ったからである
ところが遠くから来る人はそれがわからないのである
それでその表示をするようにしたかしたのである
つまり上の人はすべてを知っているわけではないのである
だから原発では電気関係者が千人も働いていたということはそれだけ複雑なものが原発
だった、そしてその電気関係者はどこが危険が知っていたが上の人はそれを認めなかった上の人には何も言えない、もし逆らうというと会社自体がつぶされる
東電の命令は絶対だと言っていたからである

いづれにしろ現代文明社会はこうして原発事故でもそうだが破綻してゆるのではないか?ナチスがなぜ起きたのか?それはこうして専門家して無数に部分化した社会をまとめるために起きたとしている人もいる
つまり一つになるにはハイルヒットラーが一番わかり安いからである
カルト教団でもそうである、そこではめんどうな教義はどうでもいい、大衆がてっとりばやくわかることがいい、それで題目を唱えていればすべて解決するというのが一番いいとなるのだ、教える人も楽なのである、それで一日中題目を唱えている人がいたのである
そんなことしたって解決するわけがないのにもそれがわかりやすいからそうなるのであるナムナムとひたすら唱えることがわかりやすいからである

そしてなぜボランティアが難しいのか?
ボランティアがなぜ嫌われるのか?
それは専門化部分化した社会では私が駅にたまたま無人駅化したから勝手に駅員のようなことをして嫌われたと同じなのである
そうした専門化した部分化した仕事では第三者は素人は入りこめないのである

「お前はなんの権限があってしているのだ」
「そこは俺たちの会社の組織の許可がなければ入れない」

これはどこでもそうなっているのである、特に原発とかなると国がかかわっているから余計にそうなっているのだ、第三者は入り込めないのである
すると内部は秘密のベールに覆われているし知り得ようがない
そこから今回のような大事故になったのである
それがこれからも今の文明社会で起きてくる、全体を知る人などいない
部分部分で仕事していて他のことはわからないし立ち入ることもできないからである

ボランティアは何かそうしした専門家ではない、だから専門的に仕事している人がそうした何も知らない素人を入れるのは嫌うのである
それは一万くらいの町でもこの町がどういうふうになっているのか?
それもグローバル化とも関係してわからないのである
だから昨日は会社で働いていた人の話を聞いてそんな人がいたのかと知ったのである
その人はすでに40年前とかに海外旅行にヨ−ロッパまで行っていたことに驚いた
円がどるで240円の時だったからである
こうしてつくづく身近でもどういう人がいるかわからないのである

昨日また会った人はネパールの若い女性である、前も黒い顔の女性が二人いたからスリランカかと思った、それもネパールの女性だった、この辺では福装の裁縫会社で働いている女性が多いからである
グロ−バル化することでもさらに複雑になっているのが今の社会なのである
つまり一万の町ですらいかに複雑になってどう動いているのかなどわからてい
実際に隣の人が何をしていのかも未だにわからないことがあるのだ
田舎だからそんなことがないと思うがある、そういう社会なのである
だからボランティアというのは何か得たいの知れないものと現代では成り安いのである
なぜならみんな専門部門で仕事していて何かフリーのボランティアは何する人だとなってしうまからである

奇妙なのはだから全体を生きようとするものはアウトサイダーになるほかないとかなる
つまり無職になる他ないとなる、無職は専門家にならない、素人だけであらゆることにかかわるからだともなりそれも逆説だとはなる
ただはっきり言えることはこうして素人の外部のものを立ち入れさせないと会社でもどこでも内部だけでしかわからなくなりそこで原発事故のような破局的なことが起きてくる
原発が素人などわかないから知らせることも見せることも許可されない
でも原発でも科学者でなくてもわかることはありえたのである
原発は別に核分裂して熱をたして蒸気で電気を起こしているからである
それは蒸気機関車でもそうでありその基本的原理はわかることなのである
核のことはわからないにしてもそういう原理はわかるのである

ともかく無人駅でボランティアして社会が見えることがあったのは不思議だった
第一ここでこんなにいろいろな問題があると思わなかったからである
それじ社会勉強にはなったとなる
郷土史研究というときそれは総合的なものであり町でも歴史から地理からあらゆることを全体的に見る作業だからである、その一つに駅があったということなのである




この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/185973727
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック