2019年05月27日

なぜ日本が衰退しているのか? (産業構造の変化ができないから?)


なぜ日本が衰退しているのか?

(産業構造の変化ができないから?)


日本ががなぜ貧乏になっているのか?
この解答もいろいろあるがではなぜ高度成長があったのか?
これをふりかえると日本は産業構造を変化させたからだった
それまでは養蚕であり絹織物産業でアメリカに輸出していた
絹織物は今の自動車のようなものだったのである
それで外貨を稼いでいた
私の母親も原町の紡績会社で働いていた、原町は原町機関区であり今のいわき市の平機関区と福島県の常磐線では二つあっては繁栄していた
そして原町紡績会社に引き込み線があり直接鉄道で積みだして運んでいた
それは横浜から船で運ばれていたのである

とにかく養蚕は日本全国でどこでもしていた、必ず兜作りの屋根が今でも残っているからこの家で養蚕していたとわかる、それが本当に多いのである
養蚕は地方に生産拠点がありそれで地方の産業となっていたことが今と違っていた
桑畑が私の家の裏にもあったしどこでもあったからである
養蚕は農業でもあったからそうなった
それで阿武隈高原の町に鉄道が通る時、煙で桑の葉が被害をうけるから反対したとかあった、それだけ養蚕中心の産業構造だからそうなっていた

その時蒸気機関車であり私が原町の高校に通った時もまだ蒸気機関車だったことがふりかえると信じられないのである、どうしても蒸気機関車のことが思い出せないのである
ただトンネルを通った時、煙で顔がすすけたことがあった
でも今どうしてあのようなものが走っていたことが現実に思えないのである
ただその時もし鉄道マニアであったらそのことを思い出すだろう
私は全国の鉄道を乗って旅したからである    

そして蒸気機関車の燃料は石炭だったのである
石炭というときその頃各地に炭鉱があり石炭がエネルギー産業になっていた
だから学校でもストーブを使っていて石炭を使っていたのである
エアコンなどなかったのである
その頃の産業は養蚕であり石炭だったともなる
ただ戦後は養蚕はつづいていてもすぐになくなった
でも戦後十年は炭を使っていた、囲炉裏がどこにでもあった
その生活は本当に江戸時代のつづきだった
水道もないから街内では井戸の水をもらって生活していた
それで子供の時水汲みされたことを思い出す
その時は何もない、飯台一つしかない生活だったしたいがい同じだった
玉子も食べられなかった、農家では食べられたのである
農家の方が裕福だったのである

つまり養蚕や絹織物が石炭が産業だった、それが戦後10年くらいして産業構造が変わった三種の神器といわれた、冷蔵庫、洗濯機、テレビとかが出てきたからだ
この電器産業が輸出ともなり売れたので日本は目覚ましい高度成長時代を築いたのである要するに産業構造が変化したこととグロ−バル化して輸出を日本がになったことで高度成長時代を築いたのである

その高度成長時代を築いた中心がが団塊の世代である、その人たちの話を聞くとわかる
私の家でも駄菓子屋のようなものを始めた、その時別に何のノウハウもない、全くの素人であり商才もなにも関係ない、第一私の家ではそういう商売に向いている人はいなかったのである、でも成功したのは時代だったのである
その時物がないからただ物を置けば売れたのである
ちょうど角に家があり場所が良かった、その頃車もないから場所が関係していたのであるただそれは他でもみんなそうした零細な商売でも繁盛したのである
それは中小企業でも同じである、電器産業になり部品を調達するために中小企業が繁栄した、それで人手不足となり金の卵は地方の中卒が東京などへ集団就職したのである

なぜ日本が今貧乏になり衰退して後進国にすでになっているというとき輸出産業の大手の電器会社がもう終身雇用ができない、45歳でリストラとかなっている
もう電器産業は中国でも韓国でも同じものを作り品質も変わらなくなったからである
パソコンだって中国製品と変わらないとなれば日本の製品は売れないとなる
するとどうなるのか?もう日本で外国に売れるものはない
でも石油とか材料とかを買わざるを得ない、そうなると苦しいとなる
そしてIT産業には乗り遅れてスマホでも中国の方が優れているとなった

だから産業構造を変化しないかぎりもう日本は貧乏国になり発展途上国になる
すでになっている、すると産業構造を変えるにはどうすればいいのか?
それが大問題になる、そして過去をふりかえると日本はグロ−バル化した結果
石油とか外材とかいろいろなものを輸入に頼りすぎたともなる
でもそれがこれからできなくなる、第一売る物がなくなる、車でも中国で電気自動車を自前で生産している、そしたら車さえ売れなくなるのである

ではこれから日本はどうするのか?
国内産業と国内需要にもどることではないか?
国内の資源を活かすとか国内でなるべく生産できるものを生産して外国の物を輸入しないそれより輸入する金がなくなる、輸出するものがなければ金が入ってこないからである
すると江戸時代のように自給自足のような生活にならざるええない
日本には本当に森が70パーセントでありこの資源を利用していない、もう外材を買う金もないとしたらこれだけの資源を放っておくことはできない
日本がにある物でまかなうほかないとなる

何か時代が逆戻りすることが歴史ではあるのかもしれない
日本の人口が減るという時もそれもこうした時代とマッチしてそうなってきている
それだけの人口をもう養う力が日本がにはなくなったからである
そうなれば人口だって減らざるをえない、それをとめることができない
そして日本人の人口の適正規模は8000万くらいなのかもしれない
大正時代で6000千万でありそのくらいの時はかえって自然と調和した社会だったのである東京でも百万くらいだとするとちょうどいい人口だったともなるからだ

つまり時代の変化がありそれをすべて否定的にとらえるのではなく、人口減少でもプラスの面はあるしまた輸出産業がないとしても国内生産と内需にもどるとどうなるのか?
森林資源でも他にも国内の資源が活かされて地方も活性化するとかなる
農業も荒地が多いがもう輸出産業がなくなればそうした荒地でも耕して食料を確保しなければならない、戦後の引揚者がわずかの土地を求めて農業を仕事をしたのと同じになる
でも半分は厳しくてやめた事情はある
活かすものがないとなるとそういう時代になる
すると地方に人が移住して活性化して過疎化も解決するとかなる
いづれにしろ膨大な高度成長時代に生まれた中小企業でももう成り立たなくなっている
何か起業してもうまくいかいない、それは時代だからである
能力があるとか関係ない、高度成長時代では私の家でもそうだが別に能力がなくてもみんな成功していたからである

おそらく今たりないのはこうした時代に適応したマッチした国家的政策、グランドデザインを描くことかもしれない、個々の問題はいろいろあるにしても戦略的思考が必要なのかもしれない、時代に適応した国家的戦略をもちそれに向かって国民が一致協力するとなるネガティブなものがあってもそれをボジッティブなものに変える
かえって地方が活性化して日本全体で自然と調和がとれた社会になるとかのビジョンを出してみる
もちろん時代は逆戻りはしない、でも何かやはり時代は常に過去を歴史をふりかえり進むともなる
つまり日本の産業は国内中心の産業と需要にする、国内の資源を極力活かすとかする
それは江戸時代の逆戻りだとかなるがそれが理にかなっている
何か方法があればいいがないとしたらそういう方向にもってゆくほかないからである

とにかく時代の変わり目でありそこにいろいろな矛盾とか問題が噴出する
戦後70年で大きな根本的変革が要求されているのである
そのグランドデザインが描かれていないのである
つまり個々の問題をいろいろいっても解決しない、日本全体をどうするのかという大きな視点と戦略とビジョンが必要になっている
もしそれができたとき一眼となって日本人がすすむとなるからだ
ただ正直私の言っていることは一つの提案にすぎない
私自身そうした大きな視点とか戦略とかグランドデザインを描けないからである
ただ過去をふりかえるとこういうことがありそこからまた未来を見るということで書いただけである

posted by 老鶯 at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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