2019年06月17日

人間は自ら被害者になり困らない限り関心をもたない (津浪や原発に無関心だったのもそのため)


人間は自ら被害者になり困らない限り関心をもたない

(津浪や原発に無関心だったのもそのため)


人間は無関心なのか、津波で原発でもこの無関心から起きて大被害になったともいえる
それで災害は忘れたころにやってくるとなっていたのである
津波が400年前にあったとしても関心を持ち続けられない
それを伝えられないのである
そして400年前は戦国時代であり為政者の関心が戦争にあったから津波のことは相馬藩では700人溺死としか記されなかったのである
これは政治的問題としてあった、為政者が今のように選挙で選ばれるわけでもないから庶民は二の次になるからだ

ただ本当に津波と原発事故ではその無関心さが致命的結果を生んだのである
スマトラ津波であれだけ被害があったときもそうだった、津波がないところだから警戒を怠ったとか日本人自体が言っていたのである
日本の問題はとにかく島国であり外国に関心がもてないのである
陸続きの国は何かあると必ず陸続きだから影響する
食料がなくなれば襲われるしそういう恐怖から都市でも城壁で囲み万里長城が作られた
都市とは城壁で囲まれた場所をさしていたのである
大陸では常に外部に対して敏感だったのである、それは陸続きで攻められるからである
日本は海で囲まれているからそういうことがないからのんきだとなる
そして鎖国のように国を閉ざすこともできたのである
大陸では国を閉ざすことができない、陸続きで難民が流入してくるのを防げないからである
民族移動があればもうそれを防げない、戦争する他なくなる

日本は孤立した島として世界から離れてあった特殊な国だったのである
中国とかなるとそもそもが多民族国家であり絶えず他民族に侵略される国だった
それで外国に常に関心をもたざるをえない、それは自分たちの身を守るためにそうなったそれで「他山の石」という言葉が生まれる、他山の石でも関心をもてということである
日本は地震国なのに2014年スマトラ地震の津波でも危機感をもっていなかったのである
それは今回の津波の7年前だったのである

なぜ人間は関心をもたないのか?それは自分の身に及び困ったり苦しんだりしない限り無関心なのである、鉄道が無人駅になっても別に困らなければ無関心である
でももし他で鉄道が廃止になっている線がある、だからここもなるようなことがあれば困るとなるが実際はみんな車社会だから鉄道に関心がないのである
それで廃線になるとかなれば騒ぐのである

人間の弱点はとにかく体でも健康である限り病気に関心がない、病気になるとも思わないのである、でも実際は病気は知らずになっている場合がある
ただそれが苦しみとなり症状が現れない限り放置される
そして気づいた時は手遅れになっていることが多いのである
人間は自ら困ったり苦しんだりしないかぎり何でも無関心なのである
つまり病気になれば病気に異常に関心をもつ、なんとか直してもらいたいとなり関心をもたざるをえない、でも健康であれば病気に無関心なのである
そして何か苦しみがないかぎりカルマでも意識しない
何も苦しみがなければカルマがないと思うし第一意識しないのである
苦しみとして現れたときカルマを意識するのである

人間は自分が困ったり苦しまない限り無関心なのである、だから身近に病気の人がいても貧乏な人がいても何か困っている人がいても無関心である
でもそれが一旦自分の身に及ぶとき困ったり苦しむとき関心をもつのである
てもその時はすでに時遅しとなっているのだ
それが津波と原発事故だったのである
関心がないからこそ20キロ内に小高に原発の工事が始まるのにそれすら知らなかったのである、また知らされなかったのである
その知らせる役目がマスコミにあったが福島県の報道機関は知らせないのである

それで東電で13メートル以上の津波が来るという試算をして備える必要があると報告していたが東電はしなかった
そして地元の人たちそんなこと知らなかったのである
13メートルの津波が来るということをみんなに知らせていたら科学者が言っているから信用したからである、そうしたらこんな大被害にはならなかったとなる
この辺では津波の話など海に面していて聞かなかったのである
そうして老人は津波が来ないとして逃げないで死んだ人が多いのである

人間が関心をもつべきことはいくらでもある、芸能人に関心を持っている人もいるし様々なことに関心をもつのである、それは多様であり人によって違ってくる
でも逆に最も大事なことに無関心だったということがある
津波とか原発がそうだった、これは最もこの辺では関心を持つべきものだったのである
ただ大被害になって関心をもつようになったのでありそれまでは無関心だったのである
また無関心にさせられていたともなる  
すぐ近くのゴミを置く場所でも網をかぶせるが烏につつかれて散乱することがある
そのことを言っても困っていると言っても知っている人がいても何とかしようということがない、市役所ではゴミを入れるものは場所を決めれば置いてくれというが本当に困らないからそのままになる、私自身もいくら言ってもみんなで何とかしようとはならない
一人がいくら言ってもみんなでなんとかしようとしないかぎりどうにもならないからやめた、それは無人駅でも同じである、みんなが本当に困りなんとかしようとしないかぎり改善されないのである
そしてそういう無関心さが今回のような津波とか原発事故の大被害につながるから怖いのである

例えば灯台下暗しというのもそうである、本当にいつも住んでいる場所に関心をもたない見過ごしているのである、最近自分自身でもいつも原町に行く高平とか相馬市の道の駅の日立木とかに興味をもった、そこは一番身近でいつも通る場所だからである
でもそこでも良くみていないし無関心だったとなる
関心をもつには意識して関心をもたないと関心をもてないというのも人間なのである
ただ正直あらゆることに関心はもてない、でも無駄なことに関心をもつのも人間である
肝心の一番身近なのことに関心をもたないいことがあった
それが海に面していれば津波に一番関心をもっていもいいし原発に関心をもつのは当たり前でもそうならなかったのである
そして大被害になったとき関心をもつようになったが時すでに遅しとなっていたのである



posted by 老鶯 at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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