2019年06月25日

中国人がベトナム人の人材派遣を請け負う (日本の底辺と外国人労働者が競う時代に・・)


中国人がベトナム人の人材派遣を請け負う

(日本の底辺と外国人労働者が競う時代に・・)

ベトナムでは外資系企業が人材派遣会社を経営することはできないが、中国の送り出し機関の関係者が裏で関わる形で日本への送り出しビジネスが始まったという。

中国の送り出し機関が持ち込んだのは、日本の受け入れ機関とのネットワークや単純な人材派遣のノウハウだけではない。

「中国で行われていた日本の受け入れ機関へのキックバックや過剰な接待がベトナムにも引き継がれています。技能実習生の増加とともにベトナムの送り出し機関が乱立して競争も激しくなり、営業攻勢が強くなっています」(同前)

駅で見たのはベトナム人を引率する中国人だった、なぜ中国人なのか?
その解答がここにあった、中国人が斡旋していたのである
中国人が仲介業になっていたのである

カンボジアでも中国人が百万人いるというときもうそこはカンボジアなのか?
いかに中国人がいたるところに増殖するかわかる
カンボジアはもう中国人がビジネスでも支配する国になっている
やがて国自体を中国人が牛耳るようになる
そうなっている国もある、それだけ中国の影響が拡大して増大したのである

確かにこれまでは欧米中心のグロ−バル化だった、今でもそういうことは継続されているしかしそうしたことも米中の貿易戦争となり中国の存在がこれから増してくる
ヨ−ロッパでもイタリアが中国の一帯一路の中に組み入れられるとかになる
それだけどこにも中国人が世界中を跋扈する、もともと中国人は数が多いのだからそういうことがあった、でも今はそうした底辺労働者ではない、ベトナム人を日本で労働者として斡旋しているのは中国人だというときもそうである

それで底辺労働者のLove & Freedomのyoutubeでも深夜の労働現場はもう外国人だらけであり日本人が入り込めない、コミ二ケーションがとれないと訴えている
日本語が通じない世界になっている、そこで日本人は排除される
だから英語を使ってコミ二ケーションをとるほかないとしている
それはさしせまったことであり英語を実用化することなのである
その英語もあくまでも高度なものでなくて簡単な支持を英語でできるレベルだという

これは実体験の報告でありリアルである、youtubeにはそうした実体験から語るから
リアルなものとなりマスコミの報道とは違っている
第一マスコミの人は学者でもそういう実体験から語っているのではない、論議もしないからである、上からの目線で語り論議するだけだからである
だから切実な訴えとはならないのである
また一つ明らかにyoutubeで報道の変化が起きている
ただこれもなかなか最初は理解しにくいものだった
ただ今やマスコミとyoutubeが対比して見られるということで大きな変化になった
youtubeはテキストよりわかりやすいから見る人も多いのである

結局マスコミは媒介するもメデアである、でも発言する人自体がメデアをもったのがインタ−ネットであゃyoutubeとかである、媒介するものはいらなくなったのである
そこに生々しい真実が暴露されることがある、直接医者が裏側を語る人もいる
それはマスコミで語られないものである
それで実態が赤裸々に明るみ出さされる、つまりどこで仕事していてもそこで仕事している人が一番詳しいのである、だからその現場をそのまま伝えれば驚きとなる

この辺では最初は福装(裁縫)に中国人が来ていて今も継続して来ている
そして今はベトナム人とネパール人が来ている
とにかくベトナム人とネパール人は増えた、ここはまだ貧しいからである
ネパールは最底辺国である、山ばかりなのだからそこで何を食べているのかわからなかった、ベトナムだったら二毛作で米をとれているから食料に困るとは見えない
平地も多い、ネパールは平地がない、山ばかりだとしたらどうしても耕地でも奴の斜面とかになる、だから山ばかりで土地を活かせないのである
ただそうはいってもペルーのインカでも山ばかりでも高地でも高度な文明を作った
ただネパールの不思議は熱帯のジャングルがあり象がいてサイがいてトラまでいる
ワニもいた、これもここがいかに原始的な状態がまだあるかということである
だから裸足て山岳地帯を歩く人がいたのである

いづれにしろそうして外国人が来るときその国自体に興味をもつ、その国の自然とか文化でも興味をもつ、だから外国人そのものがヒトが入って生活するとなるとモノが入るだけのグロ−バリゼーションとは違ったものになるのである
人と人の交流になりそこに軋轢も生れるし相互理解も生れる
ただ底辺労働者が入る単純労働者はそうした文化的交流とは別なのかもしれない
中国だったら奈良時代に唐まで行ったのはあくまでも文化交流である
そこで学んで漢字を取り入れたことが最大の交流だったのである
だから今の外国人労働者が入ってくるのとは違っていたのである
ヒトが他国に大量に入れる時は奴隷である、戦争に負けたら奴隷にされる
それでスラブとは奴隷の意味である、その後も黒人が奴隷とされた
まずそうした人たちに同等の権利を与えることはなかったのである

だからこれだけの人間が自由に国に関係なく移民化する時代はなかった
日本でも歴史でも経験していないのである
だから外国人労働者を奴隷として扱うこともできない、欧米のような奴隷化する歴史もないからである
日本人は召使でも平等に扱う家族のように扱うとかなり使うことができないとなっているからだ、そういう文化がないからである
つまり外国人をどうあつかうか?その経験も歴史的にもないからとまどうのである
それはモノが入ってくるのとは全く違ったものになるからである
それでつくづくネパールで外国人をカースト化するのもわかる
日本人もカースト化されているのだ

日本だと中国が外国人ではアジア人では一番上のカーストになっている、欧米人はもともと一番上のクラスだった、アジア人では韓国在日ー中国人ー台湾人ーベトナム人ーネパール人とかなる、人種が混交するとそういうふうになりやすいのである
ただ日本が貧困化するとそのカーストの順位が下がりやがて外国人の奴隷にもなる
なぜなら日本人はもう外国に出稼ぎに行く時が来ると言っている人がいるからだ
そういうことが外国人労働者の底辺に起きている報告がLove & Freedomのyoutubeで成されている、日本語が通じないという、日本人は外国人グループから排除される
つまり外国人労働者の下位に置かれるとまでなりつつある、そうした競争が強いられるのがグロ−バル化した世界だとなるのである

種子島の鉄砲伝来でも中国人がポルトガル人の通訳に

100人ほどの南蛮(ポルトガル)商人の乗った一隻の船が強風により漂着した。代官より報せを受けた島主の種子島時堯(ときたか)はこれを赤尾木湊に曳航させ船主と会ったところ、乗組員の中にいた商人が見慣れぬ鉄の棒(鉄炮)を持っているのを見つけた。
 言葉は通じなかったが、これが欲しくなった時堯は乗組員の中に五峰という中国人がいたことから彼を通訳として筆談で話を進め、高価にもかかわらず二挺の鉄砲を購入したという。ともあれ、こうして二挺の鉄砲が種子島時堯の手に入り、彼はこれを「稀世の珍宝」として家宝にしたという。これが鉄炮伝来の瞬間であった。

ここでも日本人は中国人と筆談していた、漢字を使えるからそうなったのである
今でも中国に行くと筆談である、皆目発音はわからなかったからだ



posted by 老鶯 at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186188723
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック