2019年07月03日

気づかない人間の異常性 (原発事故にあった浪江の人の異常性)


気づかない人間の異常性

(原発事故にあった浪江の人の異常性)


震災以後一身上でも異常なことがつづいた、それは信じられないことだった
確かに家族が認知症になったのだからそれは本当に異常な病気だった
でも何か人間は異常性に気づかないのである
人のことなにかや言う前に自分自身の生活もつくづく異常だった
引きこもりだったということで異常だったのである
それを別にとがめられないから遂に人生の終わりまで引きこもりだったともなる
そううい人生を送れたのも異常だったともなる

こうした異常なことは震災以後その前の家族の介護からはじまっていた
自分自身自体が自分の異常性にそれで気づいたとなる
何もなければ自分で異常性を感じないとういことがある
人間の異常性は本当に気づかないのである
自分自身が異常だったが自分自身が気づかない
だから他人の異常をとやかく言えないこともある
人間は何か特殊な環境に住んでいてもそれが常態化する
するとその異常性に気づかないのである

社会自体が異常になることがある、それで実際にナチスが生まれたりカンボジアで200万人が共産主義思想の実践で粛清されて殺された
これも異常なことなのだがその時はそういうふうに見ないのである
日本の戦争だってやはり異常なものだったがその異常性には気づかない
そういう雰囲気に巻き込まれれば社会全体がそうなれば異常なことではなくなる
戦争に反対した人こそ異常になり特高につかまり刑務所に入れられたからである

仮設に避難した人たちが小高の人たちでも多額の補償金をもらい毎日パチンコ通いであったのも異常なことだった
なぜならその時自分自身が病気とか介護とかで苦しんでいたけど一切無視だった
もう仮設にはボランティアが毎日のようにきて応援していたからである
その時仮説の人たちは何をしていたかというとパチンコ通いだったのである
これも異常なことだった
そして借金に苦しむ事業に失敗した親戚の人がパチンコ屋の掃除をしていたのである
これも本当に異常な状態だったのである

そして常に原発避難者はかわいそうだかわいそうだとして特権者になっていたのである
自分は苦しくても金を要求されて責められるだけだったのである
ただそういう異常性にそういう当事者は気づかない、その時は気づかないのである
何が異常かもわからない、俺たちは被害者なのだから当然だと思うし避難する奴は人情もなにもない非情な奴らだとなっていた
それをマスコミも後押しするから何も言えなくなったのである

何が異常なのかは本当に人間は気づかない、別に原発のことでなくてもその人は異常人格者なのだけど社会ではそうみていない、その人は別に特別不幸な環境で育ったわけでもない、でも異常人格者になっていた、育ての母親が病気になっても捨てたのである
そこに事情があったとしてもその人はもう人間とは言えない
私の母親は継母にいじめられたが最後に施設でおかしくなったとき見舞いに行ったからである、そしてその継母も悪かったなと言って死んだのである

とにかく人間の異常性は気づかない、いつも戦争ばかりして人を殺すことばかりしていたらそれが日常になりその異常性にも気づかないとなる
何が異常か正常か平和な時代でも気づかない、カルト教団などでも異常なのだけどそれを異常とはしない、それだけの人数がいれば異常とは見ない
でも数が何百万人となるそれが異常だということは恐怖になる
誰も異常とは言わないからだ、そんなこと言ったらその何百万人が罰当たるとか攻撃してくるからだ

そしてまた一人異常な人を発見した
それは浪江の原発で働いている人だった
最初はわからなかった、異常ということがわからなかったのである
その人は原発に働いていたから詳しかったからそういうことがあったのかと聞いて納得した、原発の内部のことに詳しかったのである
ただなぜ廃墟の街に住んでみんな老人になって年金などもらえないのにそれに相当するものをもらった、良かった良かったいいことだけだとか言っているのはなぜだろうとふりかえる
廃墟の街でそんなことが言えるだろうか?
その周りの田畑は荒地になって荒廃しているのである
第一廃墟の街に住んでどこがいいのか、良かったのかとなる

そんなところで街が維持できるのか?電気でも水道でも整備できなくなる
そのためにも費用がかかるのである
それよりその人は根っからの都会人となっていたのだろう
回りの田畑が荒廃しているのが関係ないとなっていたからである
私の場合はそのことが一番ショックだったからである
いつも見ていた田畑がなくなったことがショックだったのである
確かに田畑で作物を栽培しているわけではなかった
でも田舎の風景は田畑があることで成りたっていたからである

その人は全くそういうことに目を向けていない
回りの自然と田畑に関心がないのである
それでこんな浪江の田舎町に二万人住んだのは原発があるからだったと言っていた
原発で成り立っていたと言っていた
つまり原発とともにありその他のことは関心がなかった都会人になっていたのである
東電に勤める会社員でありその周りのことには関心がなかった
なぜなら田畑があったとしても自ら生産にたずさわらない、その作物でも買うのはスーパーだから田舎でも都会人と同じなのである
そういう人がまた田舎でも多いのである、みんな農民でも漁民でもないからだ

ただそれも異常なことではなかったか?
その田畑に無関心だということが異常だったのである
そして田んぼが草ぼうぼうの荒地になったとき一番荒涼としたものを私は感じた
それで田んぼが回復して鷺がもどり蛙が鳴いた時感動した
蛙の啼き声がひびいたとき復興したのだと思った
それは田舎では蛙でも鷺でも自然とともに生きるというのが田舎だったということを再確認したからである、蛙などどこにもいんるではないか、でも一時蛙も田んぼなくなったときいなくなったのである、蛙の声が聞こえなくなったのである
つまり蛙が鳴いているとか鷺がいるとかは当たり前の風景である
でも田んぼがなくなったときそれらがいなくなったことで田んぼが蛙とか鷺とか他の生命とも一体となっている存在だと気づいたのである

その浪江の人は補償金ももらって老後も補償されたとかいいことばかりだったというのも異常である、廃墟の街に住んでそんなこと言えるのが異常だともなる    
もし食料でも他から入らない時代だったらこうはならなかった
自分たちの食べるものがない、食べるものが汚染されて食べるものがなければ住めないとなるからだ、でも金があれば食料が他から入ってくるから感じないのである
つまり周りの田畑が荒地になっても関係ないとなっている
それは都会人になっている、都会には周りに田畑がないからである
でも食料は外国からでも全国か入ってくるからまわりに田畑がなくても関係ないのであるだから今はみんな都会人になっている

ということは全く周りの自然とか田畑とかはないのだから無関心になる
食料は世界中から入ってくるから日本の農業も関心ないとなる
それは田舎でもそうなのである、農業にたずさわる人は一割もないとか少ないからであるただ大都会で地震とか大災害になったときどうなるのか?
水もないとか食料もないとか燃料もないとかなる
2011の震災では津波の被害にあった所では裏山の清水を飲み木をきって木材を燃料としてしのいだ、それが都会ではできないのである
たしかに外からの援助があるとしてもその間にしのげないともなる

ただこの人も自らの異常性に気づいていないのである
人間はとにかく自らの異常性に気づきにくいのである
何か正常化のためには対比しなければ気づかない
戦争ばかりしていたら戦争のない所で国で暮らして正常を知るのである
クルマ社会でも異常とも見る、それと対比するにはクルマのない社会を知ればわかる
またクルマのなかった時代へもどってみるということでその異常性に気づく
そうでないとクルマ社会になっていればそれは当然だとなってしまうからである
そしてこの世のこともわからない、天国があるとしてその天国と対比してこの世がある
この世がいいものだというときそれはこの世にある悪とか暗黒が見えなくなっている
この世で崇められる人間は実はサタンであるというときそうである
この世で力を得るのは神ではない、サタンだとなるからだ
だからこの世が住み心地いいというときその人はサタンの一族に組み入れられているともなる、普通はこの世では苦しむ場であり悲しむ場になっているからだ

ともかく日本人を的確に見れるのはかえって外国で暮らした人である
その時日本人を外国の対比でみるから見えるのである
日本人の異常性とか特殊性とかいろいろ対比して見えるのである
日本のいい面でも悪い面でも明確に見えるのである
日本人の中に暮らしていたら異常性も見えないのである
それは日本で暮らしていたら正常なことになるからである
また地獄があり天国がある、常に対比してしか見えないのである
善と悪でも善ばかりの世界にいたら善そのものも意識できないのである
異常と正常も同じである、何が異常なのかそれも正常と対比してしか見えないのである

自分のことは他人を通じてしか分からない

まさにこれだったのである

posted by 老鶯 at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186224385
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック