2019年07月19日

何が異常なのか異常でないのか (金に対する態度の相違)


何が異常なのか異常でないのか

(金に対する態度の相違)


私が接した人間は異常である、自分自身も異常だった
でもなぜその人たが異常だったのか結婚して子供もあり普通の人である
女性でその人はなぜあんなに異常になったのか?
その異常性に気づいていない、なぜ気づかないのか?
異常性を認識できないのか?それは正常なものと対象的に見れないからである
例えば四角の石ばかりあれば四角の石しか認識できない
そこに丸い石が一つあればその石は異質なものとなり異常になる
日本人はそうして同質化しやすい、異民族と接した歴史がないから同質化しやすい
以心伝心でわかるとなるのもそうである

私がかかわった人たちは金がなくて困っていた
その人は金には恵まれていたから金で苦しんでいることはない
母親が三人変わったということが異常性をもたらしたのか?
そういうことはあるにしても60近くになってそれを言うのもどうかと思う
ただ長く直接接していないからその間に変質してしまった

金に関する態度は

おばちゃんは金があるんだから金にめんどうみてもらへ

こう言って血相変えて去って行った

もう一人の人は

私が入院している時家が留守になり大金を盗んだ

もう一人の人は事業に失敗して借金していた

金をよこせ、全財産を要求してきた

その額が大きいのである、こうして自分が病気であり介護しているとき責められて家はがたがたになった、ただそこには金を得ることしかなかったのである
相手のことなど全くかまわないのである
だから殺されるとも思った、金がなくて強盗に入り殺す人も普通にいる
わずかの金でもいる、現実に泥棒にも入られた
頑丈なダイヤル式の金庫が開けられていたのも不思議である
そこには金は入っていなかった、その泥棒が家に入ったとき物音がした
だから誰か入っているのかとも思ったがそのままにしていた
もしその人とあって顔を見たりしたら殺されたかもしれない
そういうことが報道されるからだ、金は盗られても殺されるよりはいいとなる
そんな人と争うべきではないと思った
そういう人は何をするかわからないからだ

奇妙だけど最後に来た人はまともなのか?
実際はまともでないにしろ金を要求するにしろこれまで経験した人たちからするとまともなのか?
とにかく一万とか少額を要求する、でもそれに見合った金である
水道が止められたとか電気がとめられたとかなり生活できなくなって助けてくれとなる
そしてその人は頭を畳にすりつけお願いするのである
それも今日食べるものがないからとお願いするのである

これも変なのだけど前の人たちから比べると正常なのかともなる

家にきて大金を盗むとかまた借金して多額の金を要求するのとは違うからだ
第一事業していた人の金の額は百倍も違うのである
そんな金を要求されて払える人がいるのか?
事業者同士で工面し合うことはあっても普通の人はそんな金都合できない
でもその人にとってはそれが普通なのであり正常なのである

もしこの人でも今日食べるものがないとなればわずかだから援助する
でも百万だとなれば簡単に出せるだろうか?
そういう金を普通に要求する、借金しているからそうなる
でももし今日食べるものがないとか電気がとめられて料理できないとなれば援助する
その人はこれまで贅沢をしてきた、そのレベルの生活をするために必要な金なのである
そんな人と付き合っていたらどうなるのか?
何千万とか普通に要求される、そして事業を成功したと見せるのである
そんなことに援助できるだろうか?
これも異常化した人間でありまともに付き合えない人である
ただその人が金がないとういことは周りで気づかないことがある

とにかく金で一身上でもめた、また回りでも原発事故の補償金でもめた
地獄の沙汰も金次第であり金から人間は逃れられない
これからますます日本は貧困化してゆくとき金のことで苦しむ事件も起こる
それはこれまでは日本はぜいたくな暮らしうしていたからそのレベルを落とせないからそうなる
事業した人でもレベルを落とせない、今日食べるものがないから一万貸してくれとかできないのである、プライドもあるからできない
その人はそうしたプライドがないからできるのである

人間はいくら困っていても今日食べるものがないから金を貸してくださいとかなれば一万くらいなら貸す、でも百万貸せとかなるとそれで終わりではないから付き合えないとなるでも事業して高いレベルの生活をしてきた人はそんな一万とかははした金なのである
そしてそんな金で頭を下げることなどしないのである
自分自身も頭を下げることができないのである
金持ちの姉妹が餓死したというときお嬢さんで育ったから他人の家にいってこんなふうにして頼めないのでそうなったのである

そうして頼み金を貸してもらうというのは盗むというよりはましである
何であれ盗むということは犯罪になる
そうして頭を下げて頼み借りることは犯罪ではないからだ
人間の正常と異常がわからないというときこうして人間を対象的に見るとわかりやすいのである、その人間の異常性が浮き彫りにされる
最後にあった人も最初にあったら異常であり付き合えたくない人である
付き合ってもいないだろう

でも異常な人たちとその前に接した時、この人が一番正常だと見えたのは本当に奇妙だとなる、普通はこういう人とは底辺とは付き合うなというのが普通だからである
異常な人と接してもそれが異常とわからないことがある
何か人間でも対象的に見ないとわからないのである
それは善悪でもそうである、善ばかりの世界だったら善を意識しないのである
悪があって対象的に善を意識するのである、だから何でも相対的に世界をみないとわからないとなる 

外交問題でも韓国は異常でも韓国人の方が正常だと思っているから日本を批判してくる
日本人が異常だとなる、何が異常なのか正常なのかの基準がない、ただ対象的に見ると異常だったとなと人間は気づくのである
家族でもいろいろ複雑な事情があって一様ではない、すると家族でも対象的に見ないとわからないのである
正直自分の家族も異常だった、でもその異常の中で自分は家族が死ぬまで暮らしていたのである
だから自分にとっては正常なのである、もうそれだけ長ければそれが家族なのである



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